唐紅に
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「んじゃケータイ出せ」

 上田先輩は全力でベロチューを回避しようとしてくれたけど、西尾先輩はやると言ったら本気で実行すると思う。

 と、いう危機感を覚えた俺は、誰かを指名するのではなく『当日、手の空きそうな人』に班員になって欲しいとお願いした。

 俺からすれば、妥協しまくった提案だ。でも妥協したのは風紀──いや、西尾先輩だけか──も同じだったようで、派手な舌打ちの後、渋々了解された。


「自分の班が判ったら、速攻で俺に連絡しろ。いいな?」

「はーい…」


 赤外線のポートを向かい合わせて、自分のデータを送信する。西尾先輩のデータは、色々と書き込んであるから、そのまま送れないそうで。


「そういや、西尾先輩。小細工って、そんな簡単に出来るんですか?」


 抽選やら班割りに関する作業は生徒会の仕事だ、みたいな事を言っていた。そこに風紀委員会は関わらない。手の出しようがなさそうなのに、西尾先輩は簡単そうに「細工する」と言う。



 もしかして、力技で押し切る、とかしないよな?



 ちょっとした、でも有り得そうな不安を抱く俺を余所に、俺宛のメールを作成している先輩は、顔も上げずに「あー」と言うだけだった。


「後輩ちゃん、心配ないぞ」


 いつの間にか傍まで来ていた上田先輩が、ぽん、と俺の肩に手を乗せた。


「確かに俺らはノータッチの部分だけど、ちょーっと、交換条件で言う事きいてもらうだけだから」

「弱味を握ってるって、色々と便利だよなー」

「えっ」


 咄嗟に安芸先輩を見た。が、安芸先輩は不自然に顔を背けると、そこら辺に放置してあった書類を読み始めてしまった。

 ……まぁ、細工出来るのは、確実らしい。



 風紀ってどういう意味だったっけ、と、遠い目になりかけた俺に、ええと、坂口先輩? が自分の携帯を差し出した。


「それより後輩ちゃん、俺とも交換しよっか」


 俺の手から携帯を取り上げ、操作する。手早い指の動きを感心して眺めていた僅かの間に、先輩は「はい、おしまい」と、強面を緩めた。


「ほら、誰になっても良いようにね。当日は交換する時間がないかもしんないし」

「あ、俺も」

「じゃあ俺も教えとこうかな」



 ついでだからと集まった皆に携帯を向けられて、慌てて画面を開く。そこからしばらく、番号交換会のようになってしまった。





「あー、あー、携帯仕舞うの、ちょっと待った」


 一仕事終えた気分でソファに沈んだ俺を、上田先輩がこっそりと呼んだ。


「あっちもヨロシク」


 指差す方向にいるのは安芸先輩だ。先輩は書類を手に、ちらちらと目線だけを俺たちの方に寄越していた。

 俺たちを見て、携帯を見て、自分のブレザーのポケットを見る。小さな動きだけど、繰り返されるそれは、彼が何を望んでいるのか、とても解り易く示していた。


「安芸先輩も、番号教えてくれませんか?」


 だから、特に躊躇いもなく携帯を差し向けたのだけど。


「……あ、駄目なら良いんですけど…」


 突然言われた安芸先輩や、他の面々はともかく、俺を促した上田先輩までもがぎょっとしたように固まってしまった。





 ……えーと。
 俺は何か、おかしな事を言ってしまったんだろうか。


 

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