唐紅に
2
「……六限は出ますからね」
深くソファに座り直した俺を見下ろして、西尾先輩はふふんと鼻を鳴らした。何だこの敗北感。いやでもこの人には勝てる気がしないというか、勝っちゃうのは人として色々と不味い気がするというか。
それよりも早く済ませてもらって教室に戻らないと、と話を促せば、先輩はあからさまに「つまんねーの」という顔をした。
「新歓が近いっつーのは、知ってっか?」
「あぁ、はい」
行事予定表に書いてあったので覚えている。何かとイベントの多い明芳で、最初に行われる大きな行事が新歓だった。毎年、外部の施設を使って泊り掛けで行うらしい。今年は来週末、金曜日から2泊3日の予定になっていたはずだ。
「んじゃ、もういっこ。おまえは佐々木斗織の“お手付き”か?」
退屈そうな顔のまま、西尾先輩は言った。安芸先輩は変わらず、気怠げにソファに座っている。他の人たちは壁際に固められた机に移って、各々仕事を進めているようだ。だけど、全員からさり気なく、且つ真剣に注目されているのが判った。
すごく話が飛ぶなぁ。それが新歓と、どう繋がるんだろ。
「えーとですね、トールちゃんは友達です」
「やっぱりな」
自分の中で決めていた通り訂正したら、西尾先輩は拍子抜けするくらいあっさりと返した。室内に一瞬の動揺が走った気がするけど、それより。
「ンなの見りゃ一発だっつの」
目を丸くした俺を見て、先輩がカラカラと笑った。安芸先輩もこっくりと頷いてみせる。
「コータの雰囲気変わってねーし? トールはトールでおまえを守るとか何とか、前にぐちゃぐちゃ言ってたじゃねーか」
「佐々木をそれなりに知っているなら、あいつの考えそうな事は気付くと思う」
この人たちが特別、観察眼に優れているのかもしれないけれど、見る人が見れば解ってしまうのか。そういえば加瀬や鈴彦は、俺が何を説明せずとも状況を理解している風だった。今更ながら思い至る。
「つーか、俺にこうやって否定してみせたっつーことは、おまえはトールのハッタリに乗る気はねえんだな?」
「ないです」
「よっしゃ解った。コータ、新歓は班行動だ。コイツらの中から組む奴を選びな」
先輩は、これが今日の本題だ、と、持っていた飴の棒で風紀の面々を指した。彼らは苦笑を噛み殺したような顔になる。
俺は、新歓まで1週間しかないとはいえこの為だけに攫われたのか、とか、班員を勝手に決めちゃっても良いのか、とか、さっきの質問は関係なくない? とか。言いたい事があり過ぎて、纏まらなくて、ひたすら皆を見回していた。
「班長、伝わってないぞ」
「何でだよ。コータ、解れ」
「後輩ちゃんは1年で外部生でしょーが。無茶言うな」
「……春色」
話が脱線し始めた彼らに埒が明かないと思ったのか、安芸先輩が自分の隣を叩いて俺を呼んだ。
そちらに移ると、少し目を彷徨わせた後、小さく眉尻を下げる。
「まだ伏せられているが、今年からやり方が変わった。春色は安全の為にも、まだ問題の少ないうちと組んで欲しい」
そう切り出して、安芸先輩は隻眼を僅かに彷徨わせた。
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