唐紅に
正義か悪か





 どこの棟にあるんだか判らない風紀委員室に連れ込まれた俺は、ぽいっと応接ソファに放り出された。是非とも先輩には人体の丁寧な扱いを心得て頂きたい。この怪力さんめ。

 酔った頭を覚ましている間に置いてけぼりにされていた安芸先輩が戻り、室内にいた他の風紀委員の皆さんを紹介された。



 予想通りと言うか、何と言うか。

 風紀委員の構成員には、やんちゃなお兄さんが多いらしい。今風紀室にいる五人は皆、揃って喧嘩慣れしていそうな、厳つい体格をしていた。風紀っていうより、対暴の人たちなのかもしれない。一般的に見て、平均以上の顔立ちをした(これはもう学園の特色だろう)強面のお兄さんたちに囲まれて、山積みのパンをご馳走になった。

 食べながら何度か話を促したものの、西尾先輩は「メシが先」と切り出さない。



 実は西尾先輩と会うのは初日以来である。今まで機会がなかった分、彼はもっと勢い込んで話し出すだろうと思っていたから、この態度は正直意外だった。そうこうしているうちに予鈴が鳴る。

 これじゃ昼を食べに来たようなもんだな、と思いつつ、俺は当然教室に帰ろうとした。が、それは室内にいた全員に止められてしまった。


「ええと、授業に出ないと不味いんですが…」

「本題が済んでねっつの。姫っ子に伝えただろ、授業は心配すんな」

「心配すんなって言われても」


 無断で遅刻──最悪は欠席──することにはならなくても、遅刻は遅刻だ。平常点を気にする小心者な俺に、コーヒーを啜っていた安芸先輩が、ああ、と呟いた。


「春色は外部生だから」

「……そーいや、そうだな」


 こちらは食後の飴を堪能中だった西尾先輩が、忘れてたわ、と眉間を寄せる。


「説明しよう」


 片手を挙げて応えたのは上田先輩という、この中で一番大人しい格好をした人だった。大人しいと言っても、カッターシャツも全開にした着崩しっぷりだ。中に着たド紫のTシャツが鮮やかです。


「風紀と生徒会には“公務に関わる委員の授業免除”っつー特権がある。忙しいからな。で、風紀は仕事が仕事だから、聴取を受ける対象にも公欠の申請が可能だ。だから班長に呼び出されたおまえも、この場合は公欠に出来るって訳。サボれてラッキー、くらいに思っとけ」


 一息に喋り満足気にお茶で口を湿らせた上田先輩に、安芸先輩が静かに親指を立てていた。

 いや、グッジョブじゃないでしょ。風紀委員にあるまじき発言もあったぞ。


「納得したな? したよな? もうガタガタぬかすなよ?」


 誘拐犯はガリリと飴を噛み砕いて、凶悪な笑みを浮かべた。

 頷きかけて、はたと気付く。センセの件は他に聞かせたくないんじゃなかった?

 安芸先輩を見遣る。良いんですか? と訴える視線に気付いた先輩は、小さな瞬きで「大丈夫」と答えた。


 おー、アイコンタクト成功。


 あれ、でも、安芸先輩が大丈夫と言うって事は、センセの話じゃないのかな。他に西尾先輩に拉致られる理由が浮かばないけど、風紀の面々に聞かせても問題ない話ってことだよなぁ…。





 頷かない俺に焦れたのか、西尾先輩が手を伸ばしたのが判った。直後、後頭部に力が掛けられる。首がグギッと変な音を立てた。


「おーし、頷いた。安芸、これで良いんだろ?」


 ええと、これは頷いたんじゃなくて、首の骨を折られそうになっただけでは…。

 強引に頭を下げさせた西尾先輩に、俺も、安芸先輩も、思わず溜息が洩れた。合わせたように響く本鈴が虚しさを煽る。



 もう授業は諦めるしかなさそうだ。


 

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あきゅろす。
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