唐紅に
拉致
学食へ繋がる渡り廊下は、空中回廊という大層な名前がついている。名前に負けない造りをしているそこは、床以外の三方が総ガラス張りになった、綺麗だけど(見晴らしも良いけど)中々に渡るのが怖い通路だ。
分厚い強化ガラスがあると解っていても、壁面が透明だとゾワッってする。
「ほら見ろ! 俺の勘スゲー!!」
「……っ、待て!」
教室棟の廊下からそのケッタイな通路に差し掛かった時、真正面から此方を指差す風紀の2トップと出会(デクワ)した。
嬉々とした西尾先輩が妙に不吉だ。
「おっしゃ確保っ!」
ヤバい、と思った時にはグンと距離を詰められて、ブワッと身体が浮いていた。えええ。何これ、何だこれ。
「おい西尾…」
「コタ君を放して下さいっ」
眉間を押さえた安芸先輩と、珍しく慌てた鈴彦が逆さに見える。
右頬に布の感触。
あれ、ひょっとして俺、俵抱きにされてんの?
「ええー…」
抱えられた腹に当たる肩は薄くて骨張っている。筋肉は付いてるんだろうなって硬さだけど、西尾先輩はやっぱり酷く細い。なのに身長体重ともに平均値はある俺を、ワンアクションで担ぎ上げた。この人の身体能力は軽くフィクションだ。俺、どっかからワイヤーで吊られたりしてないよな?
「お、姫もいたのか。おまえコータの知り合いか?」
「クラスメイトで、友人です」
嬉しい事を言ってくれる鈴彦に、西尾先輩は「へぇ」と感心したような声を出した。
「そうか。ちょっくらコータ借りるわ。五限に間に合わなかったら、教師には『風紀の呼び出しだ』っつっとけな」
「は……?」
「え、班長ちょっと、」
「んじゃ、頼んだぜー」
俺や鈴彦が呆気に取られている隙に、西尾先輩は方向転換して走り出していた。
「うわっ、ちょ、先輩! 落ちる、落ちるってば! 下ろして!」
「おら喋んな。舌噛むぞ」
頭に血が昇るわ、上下に揺れるわ、担がれ心地は最低だった。逆さになった景色が凄い速さで迫っては去る。酔いそう。
とにかく落ちないように先輩のベルトを掴んだ。それから顔を上げる。けど、運悪く通行中の生徒がぎょっとした顔で俺たちを見ていたので、すぐさま伏せた。また珍獣扱いが進んでしまうじゃないか。
「せんぱ、俺、自分で歩け…」
話なら(それって十中八九、センセの事だと思う)聞くだけ聞くから、まずは普通に歩かせてくれ。そう思ってバンバン背中を叩いても、先輩はスピードを緩めなかった。
「だから喋るなっつの。もうちょいで着くからじっとしてろ。誘拐は手早くやんねーと失敗すんだよ」
「ゆ…!?」
助けてお巡りさーん!
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