唐紅に
3
扉を開けた瞬間、場がざわっとした。
「……毎日凄いね、」
鈴彦が苦笑して呟いた。廊下は今日も人だらけだ。普通に歩く振りをして教室を覗いている人もいる。休み時間にわざわざ他の階からやって来て、「あれがそうじゃね?」なんて囁き合う物見高い連中は、始業式翌日から途切れなかった。これだから目隠しが欲しくなるっていう、ね。
余計なお世話だけど、だから皆、昼飯はどうした。
中にちらほらと他学年の学年章を見つけて、トールちゃんも呆れたように肩を竦める。
「みーんな暇だよねぇ。……だいじょーぶ?」
「おう」
気遣いを忘れないトールちゃんに頷いて、それでもさっさと壁になってもらった。
慣れない環境への緊張が上手く作用してるのか、今のところ、気分が悪くなったり、耐えられなくなったりはしていない。だけど“見られる”こと自体、俺にはとても体力を使うことだったりした。
目立つ二人と一緒に居る分、バリケードを作っておかないと何かが減る。ヒットポイント的なものが減る。
「あ、そだ。オレ、トイレ行ってくるー」
ずんずん進んでさすがに野次馬もいなくなった頃、携帯を弄っていたトールちゃんが「ごめんねぇ」と手を合わせた。
「加瀬が席とってるらしーし、二人で先に行ってて?」
「わかった」
またあとで、と言いながらトールちゃんはひとり廊下を曲がった。
周りに勘違いさせておくのも害ばかりじゃない。と思うのは、こういう時だ。
ちょっと前のトールちゃんなら、傍を離れるのは俺が部屋にいるか、加瀬が一緒にいる場合のみだった。他の誰が俺の傍にいたとしても、食堂で加瀬と合流した後にしか離れなかったと思う。
度の過ぎる過保護から脱却しつつあるのかな?
過保護は相変わらずで、人気のない所には行っちゃダメとか、知らない人についてかないでねとか、未だに幼児扱いされる事はあるんだけど。今までが今までだったから、そういう些細な変化でも、凄く嬉しかった。
行動を制限されにくくなったのは勿論のこと、それ以上に、信頼されて来たんじゃないかなと思えることが大きい。
「……コタ君がコタ君で良かった」
ついつい弛んでしまう頬を押さえる俺に、鈴彦が噛み締めるように言った。
「俺?」
「コタ君はそのままでいてね」
「え、うん……?」
曖昧な返事に、お腹空いたね、と俺の腕を牽いた鈴彦は、聖母像みたいに優しい表情を湛えていた。
窓から射し込む日差しが彼の輪郭を光らせて、まるで一幅の宗教画を見ているようだった。
浮世離れした空気を纏う鈴彦といると、疲れも癒される気がする。
そんな鈴彦だからか、彼と親しくしていても非難する人はいなかった。今も窓を開けた教室から、此方を窺い見る人が少なくないけど、聞こえてくるのは「いいなぁ、鈴姫と散歩…」など可愛い科白がほとんどである。他の美形様に浴びせられるような、どぎつい欲望混じりのものが極端に少なかった。
高貴な姫君のオーラは、おいそれと邪心の対象にしてはいけない気分になるようです。
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