唐紅に
2
「では、今日はここまで」
四限の終了を告げるチャイムが鳴って、初老の先生が教室を出る。昼休みに入った教室は、一気に空気を弛緩させた。
学校は身体測定や体力テスト、委員会決めや部活紹介なんかの行事を終えて、通常授業が始まっていた。
どの科目もセンセが言っていた通り、今はまだ中等部で済ませた単元の“お浚い”だけだった。明芳生が一度学習した範囲だからなのか、それとも特進クラスだからなのか、とにかく進みが速い。俺はというと中学の先生たちにスパルタで仕込まれた甲斐あって、ペースの速い授業内容に今のところはついて行っていた。
ルーズリーフを挟んだバインダーを閉じる。教科別のノートは別にあるのでバインダーの中はごちゃごちゃだ。清書のついでに復習して頭に叩き込む。ろくに特技もない俺だけど、覚えることは得意と言えた。まぁその割りに、蓄積した知識を要領良く引き出せないんだけど。これは予習復習でカバー。
「コタさんったら超マジメ〜」
「トールさんったら不真面目ちゃん」
隣からの軽口に軽口で返す。
「テスト前はぁ、コタのノート借りよっかなー」
俺の勉強の仕方を知っているトールちゃんは、にまにまと笑っていた。厭味か。彼の机の上に出ているのは、教科書と四色ボールペンだけだったりする。
この金髪はノートを取らない。教科書に直接、下線を引いたり書き込んだりするみたいだけど(教科書に痕跡がある)、お浚い中の今は授業を聞いてるだけだった。
……何でこれで、ずっと首席なんだろ。天才? 天才なの?
「コピー不可。十イチで良ければお貸しします」
「春色、それじゃどっかの高利貸しより性質悪いから」
世の中の不平等さをひしひしと感じていると、反対隣の園田から突っ込まれた。
「大丈夫。十イチはトールちゃんプライスだから。特別金利ってやつ?」
「うっわぁ、特別だって! オレ愛されてるー!」
「え、今の春色の発言のどこに愛情が…」
「人よりちょっとポジティブな頭をしてるのが斗織君だよ、前川君」
「ああ、なるほど…」
「つーか特別金利って意味逆じゃないか?」
「あ、気付いてくれましたか」
いつの間にか机の周りには人が集(タカ)っていた。皆、昼飯はいいのか? と思ったら、園田とその友達は、購買のパンを持参していた。
「そろそろオレたちも行こっかー」
「あれ、佐々木たちも弁当じゃないのか? 早く行かないと、食堂、席なくなるんじゃねえの?」
「だーいじょおぶ」
心配する園田たちにトールちゃんはひらひらと手を振った。教室を突っ切るように、前方の扉に行く。食堂へは、前から出た方が近い。
「春色君たち、今からご飯?」
「うん。いってきます」
教室に残っていた人たちが笑顔で「いってらっしゃい」と返してくれたので、俺もトールちゃんを真似て手を振った。
大分、クラスの中で話せる人が増えていた。と言うか、トールちゃんとの噂が定着してから、気軽に声を掛けてくる人が増えた。初めは俺を、美形様への足掛かりにしているのかと思ったけど、どうも違うらしい。トールちゃんや鈴彦とは関係しない話題を振られる事もあるし。
自称保護者たちは、それに良い顔をしたりしなかったりしている。口にはしないけど、きっと彼らなりの基準があるのだろう。俺は適度に馴染めそうな今の様子を気に入っていた。何より、さっきみたいに机の周りで雑談していると、廊下からの目隠しになる。目隠しは大事なのだ。
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