唐紅に
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「……その調子じゃ、自分が『佐々木斗織と付き合ってる』って言われてんのも、気付いてないだろ」
ちらつく紅い色に意識を囚われていた俺は、寮長の科白で一気に覚醒した。
「…………はい?」
今、物凄く恐ろしい言葉を聞いた、気が。
お蔭で目蓋の裏で躍っていた紅い残照も、気持ち悪さも綺麗に吹っ飛んだけど、今度は耳が奇怪しくなったらしい。
「だからコタが斗織と付き合ってるって、」
「ああああの、激しく誤解ですそれ!」
荒々しさを消して繰り返す寮長に、急いで訂正する。同時に根岸が何度か言い掛けては飲み込んでいた言葉の、意味する所も理解してしまった。
「うわあ……」
俺は思いっきり脱力して、机に額をぶつけた。ゴッと鈍い音が骨に響く。
トールちゃんの醸し出す雰囲気は確かに甘い。甘ったるい。おまけにあの金髪は、思わせ振りな言動を好む。それらに慣れて放置していた俺も悪いんだと思う。
でも、だからって彼氏扱いはあんまりだ…!
トールちゃんと俺が彼氏彼女(……あれ? この場合は彼氏彼氏?)だなんて、砂浜デートで「うふふ」「あはは」をやる関係に見られてたなんて。
同性でのお付き合いがナチュラルに認められちゃってる環境を再認識だ。まずは精々、仲の良すぎるお友達、と見るんじゃないの? 普通はさ。
先輩の前だという事も忘れてうーうー唸った。すっかり雰囲気を戻した寮長は、そんな俺にからからと笑う。
「面白い反応するなぁ。単なる噂だと思ってたけど、満更でもない感じか?」
「断じて違います」
「そりゃ良かった。俺としては斗織はお勧め出来ないからな」
頭上から降る声はとても楽しげだった。それだけにどこまで本気で言っているのか解らなくて、そろそろと目線を上げる。寮長は携帯を弄って俺を見てはいなかったけど、表情は至極真面目だった。
「口説くんなら、サッサにしときな」
「は……?」
「此処は“外”とは違うだろ? くだんねえ事に巻き込まれたくなきゃ、盾のひとつも手に入れるのが利口ってもんだよ」
「えーと、センセは盾になるけど、トールちゃんは無理って事ですかね」
どうしてそこでセンセが出てくるのか解らないけど、こういう事だろう。
「2組入りは伊達じゃないな。おまけに柔軟で結構」
片手は携帯を操作しながら、チラッと目線だけを向けた寮長は、大真面目な顔でやっぱり楽しそうに続けた。器用だな。
「いいかコタ、周りをよく見とけ。耳を塞がず目を開いておくこった。それが武器になる」
今度のは『多くの情報を得て正しく使え』って事だと思う。それは酷く難しい。
自分に出来るのか考えると、頷くのも躊躇われた。それが伝わったのか、「今は覚えてりゃ充分だ」と笑われた。
「ん、長くなって悪いな。そろそろ帰るよ」
寮長はぱくんと携帯を閉じて、ぐっと伸びをした。反動をつけるように立ち上がり、机越しに俺の髪を掻き混ぜる。
「ああ、そうだ」
扉に手を掛けて振り返った寮長は、糸目になっていた。
「斗織が力不足ってのは、建前だから」
「へ?」
「サッサを口説き落として欲しいのは本当だけどな。楽しそうだろ? やってみないか?」
「……退屈なんですか?」
「そうとも言う」
退屈凌ぎで、後輩に変な遊びをけしかけないで下さい。
恨めしく見返しても寮長に悪びれた様子はなかった。“性格が悪い”と言われる理由を、垣間見た気がする。
「ま、外部入学で苦労した先輩からの、アドバイスだよ」
最後にそう言うと、寮長はあっさりと去って行った。
「…………」
『何事も楽しめ』って事ですか、先輩。
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