唐紅に
3
暫しの間、俯き口許を押さえていた寮長は、気を取り直すかのように頬杖の腕を代えた。
「何にせよ、こっちにしたのはサッサの優しさじゃないかな」
「……はあ」
角度の所為で硬そうな黒髪が目元を覆い、表情を隠していたけど、寮長は面白がっている風だった。
弧を描く口許だとか、声音だとかが楽しそうだ。前髪の下は糸目になっているに違いない。
「総合からだと帰りが遠くなるからな。今日は特に、コタに関して色々飛び交ってるし、気遣ったんだろ」
「い、色々ですか?」
「そう──」
楽しそうに教えてくれた“色々”は、その大半がトールちゃんや根岸から聞かされたものと変わらなかった。一部から“妖精”だとか“都市伝説的存在”だとか言われてる、なんて知らなかったけど。狭い範囲しか出歩いていなかった所為だろう呼称は、ちょっとお坊ちゃま方のセンスを疑いたくなるものばかりだった。
爺ちゃん。俺、人間を超越しちゃったよ。
「けったいな綽名は兎も角、俺の周りでも“外部生の春色”は好評でさ、結構騒がれてたぜ?」
「全然知りませんでした」
好評って……一体いつ見られてたんだろ。
始業式で移動した以外は教室の中にいて、準備室に来る間もほとんどの人はセンセに気を取られていたはずだ。名乗ってもいない俺をどうして判別出来たのか、ゾッとして腕を擦る。
こういうのって、俺の性格云々を別にしても、普通に怖い。
腕のついでに、苦笑いから変えようのない表情筋も擦る。
寮長は小さく溜息を吐いて、それからにぃっと口の端を吊り上げた。
「コタはもう少し、周りから向けられる感情を意識しないとなぁ」
素敵なお兄さん、な雰囲気が霧散して、野性的な──いっそ獰猛と言うべき空気に摩り替わる。
「え、と……、どういう意味、でしょう…」
本能的な恐怖に視線が泳いだ。逃がした目の端に紅(アカ)が躍った。薄いカーテン越しに揺れる、春陽。
それは一瞬だった。しかし紅はしっかりと網膜に焼き付く。怖い。
怖い、色だ。
違う。紅は怖くない。この色は母さんの好きな色で、親友の色で、俺の大事な色で──
血の色だ。
「……っ」
胸がざわりと苦しくなった。
良くないもので心臓を撫でられたみたいな嫌悪感に背筋が粟立つ。
俺はこの感覚を知っている。
……体験している。
いつ、どこで?
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