唐紅に
2


「てっきりサッサだけが居るもんだと思ったんだけど」


 機嫌悪く歩くセンセが窓から見えたのだと言う寮長は、決まりでもあるのか、内鍵を閉めてから手近な椅子を引いた。

 がちゃりという音に、あれ、と思う。

 さっきセンセが出る時にも鍵を閉めたはずなのに、寮長が入る時には鍵を開ける音はしなかった。中途半端になっていたのかな?


「コタはサッサ待ち?」

「です。外部生にまだ説明する事があるとかで」


 そんな疑問は一瞬で、自然に“コタ”と呼ぶ寮長に、覚えててくれたんだと嬉しくなった。


「あー、そっか。範囲の話…」


 諳(ソラ)んじるように呟いて、寮長は頬杖をついた。


「なあ。うちは授業の進行速度が公立校と違うのは知ってるか?」

「あ、はい」


 知ってるも何も。
 模試の合格ラインに達した後、俺は事前購入した教科書を使って、受験勉強と同時進行で高1の範囲も学習させられた。この記憶は、未だに思い出すと怖気が走る。

 「公立の我が校から、ついに明芳生が!」と意気込んだ先生達が、俺が落ち零れないようにと、暴走気味に熱血指導してくれたのだ。

 やってもやっても終わらないあの頃の宿題量を思い出すと、勝手に顔が顰まった。


「なら話は早いな。先に進んでる範囲を外部生には予め教えてくれるんだ。月末の実力テスト範囲でもあるし。多分、説明ってこの事だと思うよ。始業式の後にやるのが慣例みたいだし」


 2年前に俺も受けたぞ。

 そう、八重歯を見せて笑った寮長は、片腕を伸ばして、ぐりぐり眉間の皺を押した。

 その顔が雰囲気が、友人たちを彷彿とさせて力が抜ける。


「普通は総合……ええと、職員棟の職員室でやるんだけど」


 本来の職員室は職員棟にあるものを指すらしい。けど建屋が別で離れているから、教室棟にも小さい職員室を設けてあるのだそうだ。
 内部で『職員室』と呼ぶのは、この教室棟にある方で、区別して職員棟のものを『総合』と呼ぶのだと教わった。


「え、じゃあ何で俺此処に…」


 ひょっとしなくても他の人たちは総合職員室に集まっていたりするんだろうか。

 また外部生同士での交流を図り損ねた。と、いうか、自分だけ別室だなんて変に思われてないかな。

 気にする程のことじゃないと頭では解っているんだけど、心配になるのは性分だった。



 寮長は気落ちする俺の髪を梳くように撫でた。



 ……何だろう。お兄さんっぽい仕草でもあるのに、その手つきはタラシの匂いがする。


「コタは、サッサと一緒に此処まで来たんだよな?」


 きっとこの人はモテ倒しの人生だったんだろうなぁとか考えていた俺は、寮長の問い掛けに意識を切り替えた。


「です」

「────いな…」


 肯く俺を見て、寮長の口許が小さく動く。


「……?」

「サッサと一緒に歩いたなら、煩かっただろ」


 聞こえなかった、のジェスチャーは流されてしまった。独り言だったらしい。


「んー……そうでもなかったですよ。てゆか、チャイムが鳴る前でしたし」

 準備室までの道程は、案外静かなものだった。
 早い放課を迎えたクラスは他にもあったようで、廊下はまったくの無人ではなかった。その中には当然センセに熱い視線を送る人たちもいたのだけれど、煩く感じる事はなかった。
 教室を出た後のセンセは俺の腕を放し、距離を開けて歩いていた。先に進む背中からは、トールちゃんと言い合っていた名残か不機嫌さが滲み出ていたし、周りも騒ぎ辛かったんじゃないかと思う。

 あれなら入寮の時の方が余程煩かったと言えば、寮長も思い出したのか苦笑した。


 

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あきゅろす。
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