唐紅に
アドバイス



 センセは仕事が早い。

 LHRは時間割の配布と明日からの予定をざっと説明されて終わった。随分と早い放課である。
 自己紹介も何もない素っ気ないものだったけど、持ち上がりが多いと、こういうものなのかもしれない。

 俺たちはぞろぞろと教室を出て行く人の波に乗って、「混む前にご飯出来るねぇ」などと暢気に話していたのだけれど、教室を出る前に俺だけセンセに捕獲されてしまった。

 外部生への説明がまだ残っているから、らしい。

 職員室へ行くぞ、と告げるセンセを教室の隅まで引っ張って、トールちゃんが何やら言っていた。センセもそれに何事かを返す。トールちゃんは厳しい顔でセンセに喰って掛かったが、傍目にも判るくらい不機嫌になった金髪を放置して、センセは俺の腕を掴んだ。



 廊下をズンズン進むセンセの背中もピリピリとした空気を纏っていた。

 不機嫌だと雰囲気も似る二人に、さすがは従兄弟、と感心しつつ、俺は置いて行かれないよう必死に後を追い掛けた。また迷子になりたくないしね。





「着いたぞ」

「…………へ?」


 センセが足を止めたのは「国語科準備室」と書かれた小部屋の前だった。鍵を開けて入るよう促される。

 中は大きな平机が真ん中に置いてあって、壁面には書籍やファイルの詰まった戸棚がびっしりと並んでいた。

 センセは机の上を適当に片付けると、その前に俺を座らせて「待ってろよ?」とだけ言って出て行った。
 がちゃりと鍵を回す音がして、これって拉致監禁? と、独りで苦笑する。中からは簡単に開錠出来るから、本当に閉じ込められた訳じゃないけど。



 てゆーか何で俺、準備室に来てんの?



 職員室に行くと言ってたはずだけど……と考えたところで、理由は連れて来た本人より他に知る訳もなく。
 どのくらい待てば良いかも判らない状態での時間潰しに、俺は机に小積まれた山の中から「高2現代国語」と書かれた教科書を抜き出した。



 中等部から通してカリキュラムが組まれている明芳では、春の時点で新しい学年の教科書を買ったりしない。必修5科目を半年の前倒しで行うから、皆中3の秋に高1の教科書を買うのだ。俺みたいな外部生は入学前に各自で指定教科書を購入することになっていた。

 高1進学の段階で約半分は進んでいる授業内容は、入学前に予習をしておかないと授業についていけなくなると、塾や学校で散々言われた。

 教科書を“読む”のが好きな俺は、熱血な先生たちの特別指導の前に自分でも一通り読んだ。特に好きな国語の教科書は熟読した。
 個人によって感じ方の違うものに、唯一の正解をつけて解釈するのは好きじゃない。でも新しい話を読むのは楽しいから、国語は好きだった。
 色んな話が載っている国語の教科書は、読書好きには堪らない宝物だと思う。

 まだ読んだ事のない教科書を手に、俺はそっと息を吸い込んだ。
 他人の本だから開き癖をつけないように気を付けてページを捲る。
 目次には自分が好んでは買わない作家の小説や、普段目にする機会のない論説文が並んでいて、それらを眺めるだけでドキドキする。

 どれから読もうか、考える時間も楽しいんだよな。

 こういう事を言うと、マサシなんかは「うげぇ」と舌を出して厭がるんだけど、ヒロム君と樟葉は共感してくれる。多分、俺らはガリ勉太郎組だ。うち二人は男前でヤンキーだけど。

 関係ないことまで思い出していたら、斜め前に見える準備室の扉がカタンと小さな音を立てて動いた。
 センセが戻ったのかと少し残念な気持ちで教科書を置く。


「あ、」

「……あれ、君は」


 予想に反して、そこに居たのは寮長だった。


 

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