唐紅に
バイバイの価値
LHRを残すだけとなった休み時間、教室の中は専ら生徒会メンバの話題で盛り上がっていた。
「会長最高」
「神原さま綺麗だった…」
「やっぱり伊達さまの方が」
などなど、それぞれ贔屓なんだろう先輩について、熱く語る声が厭でも耳につく。
頬を染めて喧しく囀るクラスメイツを見る限り、生徒会の人が学園のアイドルだと言うのは強ち誇張でもないんだな、と思った。
トールちゃんを褒めそやしたり、センセに奇声を上げたりしていたけど、生徒会というのはまた別格らしい。
あの後、小森王子が手を振った事で更にヒートアップした会場の熱気をそのまま引き摺って、ピンクで黄色い、ファンシーな空気が室内には充満していた。ああ、春ですね。
「僕に手を振ってたんだよ!」
「違うよ! 僕にだ!」
そんな中、突如、甲高い声が響いた。可愛い感じの(多分リップクリームを塗っていたタイプの)人たちが、お互いに「王子の相手は自分だ」と言い合っていたらしい。
一瞬だけ教室内が沈黙する。けど、すぐさま彼らの小競り合いに乗るように、其処此処で「誰に手を振ったのか」という囁きが広がった。
「つーか、あれはマジで気になるよなぁ」
「いや〜なカンジに、こっち向いてたよねぇ」
「あ、まさか姫に…?」
「あるかもねん」
「副会長は俺を知らないと思うよ。……寧ろ斗織君じゃないの?」
俺の周りでも、根岸が反応したのを皮切りに、話題が移った。好奇心旺盛そうな根岸はともかく、鈴彦やトールちゃんが乗ったのは意外だった。
刺激物に興味がなさそうな彼らでも、気になる話題なのかな。王子が手を振るくらいで、そんな。
「そんなに大層な事かなぁ?」
「はあっ!?」
無意識の独り言に力一杯返されて、ビコンと身体が撥ねた。大声に再び教室中が静まり返る。
叫んだ張本人である根岸は、集まる視線を「悪い、何でもない」と散らしてから、俺の机に思いっきり身を乗り出した。
「ちょ、おま、春色! それ本気で言ってんの!?」
「え……生徒が生徒に手を振っただけじゃないですか」
「だから! それ! マジで言ってんの!?」
声量を落としてシャウトするという、何とも器用な事をしてみせた根岸は、これでもかと言うほど目をかっ開いていた。その顔コワイ。
そんなに奇怪しな事を言っただろうかと、トールちゃんに視線を送る。無言の救援信号に気付いた金髪は、眉を下げて俺の頭を「よしよし」と撫でた。
「コタの気持ちも解るけどお、フッチーだし、しょーがないかなぁ」
「フッチー? ……小森先輩だから?」
役職……よりも、ここは小森王子個人を指すんだろうな。
何気ない確認に、何故かトールちゃんは驚いた顔をした。
「えっとぉ……コタ? フッチーと知り合い?」
「はい?」
「だって、小森“先輩”って、」
訊いてはいるものの、会ったことがあると確信しているようだった。この金髪は細かいところまで非常に気が回る。そして敏い。些細な呼び方の違いでも、充分に推察の材料になるのだ。
「え? え、うん。まあ」
肯くと同時に、勢い良く引っ張られる。他の二人も巻き込んで、四人で円陣を組むような格好になった。
「いつフッチーと知り合ったの?」
肩を押さえるトールちゃんが声量を絞って問い掛けた。
「あー…ほら、探検した時に」
「人には会わなかったってゆったじゃない」
「や、俺は『ほとんど人を見掛けなかった』って言ったかと…」
「同じことでしょお? 揚げ足取りはんたーい!」
「……話が見えない」
事情を知らない根岸と鈴彦に、俺は恥を忍んで説明した。ついでにトールちゃんにも「見回り中の王子に道を教えて貰っただけで、絡まれてない」のだと釈明する。
「あの、まさか、」
黙って聞いていた鈴彦が、小さく挙手した。
「はい、鈴ちゃん」
「もしかして、副会長が手を振ったのって……コタ君、に?」
恐る恐るといった感じで訊く鈴彦に、俺は「多分だけど」と返す。
「目が合った気がして、会釈したら、アレでしたから」
その反応は様々で。
鈴彦は絶句し、トールちゃんは眉を寄せて唸り、根岸は目を輝かせた。
「ちょ、春色! やっぱあんた一回取材させろ!」
「は? え? 取材?」
「ネギッシー退場! ハウス!」
「ぎゃ…っ」
机の下で炸裂したトールちゃんの蹴りは、とても痛そうだった。
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