唐紅に
3


「静かに」


 張りのある声が喧騒を縫ってホールに響いた。
 理一さんの時と同じように、場内は瞬時に静けさを取り戻した。刺激物の影響力は甚大らしい。

 たかが生徒のたった一言に従う様は、はっきり言って気持ち悪かった。俺のように周囲の沈黙につられて黙る人も多いとは思うけど、静寂の核になる熱は其処此処に籠もっている。


「現役員の紹介を始めます。──会長、お願いします」


 壇上の端でマイクを持った眼鏡の生徒(ライトが反射してその存在を主張している)が促すと、向かって左側に並べられた椅子の、奥列に座っていた生徒がすっと立ち上がり演台に移った。
 また拍手と歓声が上がる。

 艶々の短い黒髪と、背筋を真っ直ぐに伸ばした姿は、好感が持てた。
 ホールを見渡したその人は、小さく片手を挙げて沈黙を促す。途端に広まる静寂。
 その静けさは神の御言葉を聴くヘブライの民のように熱い。


「生徒会長の野上です。此処にいる役員の任期は俺を含めてあと僅かになりますが、それでも二三の行事はこのメンバーで取り仕切ります。特に1年の皆は、この機会に自分達の頭が誰なのか、しっかり把握しておいて下さい」


 場慣れた聞き取り易い速さで会長は話した。

 その分、言葉は丁寧だけど上から目線な物言いに驚く。
 一見好青年な印象だっただけに、ちょっと意外。

 けど首を傾げた俺は、ここでも少数派だったらしい。生徒の大多数は、会長に「はーい」と素直に返していた。


「……こわ、」


 ちまいのからゴツイのまで、実に良い子のお返事なのだ。


「コタコタ、これね、見てる方も気持ち悪いけど、やられてる本人はもっと気持ち悪いから」


 顔を引き攣らせた俺にトールちゃんがこっそりと囁く。
 やけに実感の籠もった口振りに隣を見ると、苦笑を浮かべていた。


「でね、やってる方は、チョー真剣なのね。怖いことに」

「それはまた」

「ねー」


 トールちゃんは言い難い表情をしていた。多分俺も似たような顔をしているんだろう。
 お互いに噴き出しそうになって、慌てて前を向く。

 ステージでは眼鏡の人が、ハンドマイクを列席に回しているところだった。


「副会長から順に、一言」


 会長が言って、奥側に着座する一人が立ち上がる。
 今まで演台の陰になっていた栗色の髪を見て、俺は見間違いかと思わず目を擦った。


「副会長を務めます、小森です」


 見間違いじゃない。
 遠目にもキラキラしたオーラを振り撒く彼は、間違いなく何時ぞやの王子様だった。

 生徒会の人だったのか。

 あの時「見回り」とか言っていたから、俺はてっきり、風紀委員でもやっているのかと思っていた。
 生徒会なんて忙しそうな役職なのに、親切だったなぁ。ぼんやり王子を眺める。



 と、挨拶を述べていた彼と不意に目が合った。



 ……いやいやいや。



 たとえ王子が俺を覚えていたとしても、これだけの人数がいて距離もある中で、目が合うとは考えにくい。

 考えにくいんだけど、万が一を思って会釈すれば、王子はやっぱり俺を見ていた。





 だって、キラキラオーラを増殖させながら、手を振ってくれたのだ。





 

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あきゅろす。
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