唐紅に
2


 会場は地鳴りのような拍手が鳴り止むと一変、水を打ったように静まり返った。


「休みの間、変わりはありませんでしたか。今日から皆さんは新たな学年に…」


 大勢を前にしても気負わず話す理一さんは、学園長室で見た時よりも更に威厳みたいなものを醸し出しているように見えた。格好良い。

 理一さんの声だけが響くホールは、実に静かだった。

 学校の集会なんて小声で喋ったり寝ていたりする奴もいるのが普通だと思ってたけど、さすが明芳生と言った感じ。誰もが行儀良く姿勢を正して学園長の挨拶に耳を傾けている。
 こういうのを“育ちが良い”って言うのかな。何か、凄い。

 易しい言葉で語り掛ける理一さんの話は、周囲の観察にその大部分を使う俺でもすんなり頭に入るくらい、聞き易かった。
 身動ぎもせず一心に壇上を見つめている生徒が多いのには驚くけど、これも聴き手に厭きさせない話し方をする理一さんの話術の賜物かと思えば、素直に叔父を尊敬した。



「……それでは今期も、持てる才を存分に生かして有意義に過ごして下さい。私からは以上です」


 会釈をして退場する理一さんに、またも割れんばかりの大きな拍手が送られる。
 後で「格好良かったよ」とメールしよう。俺もそう思いながら見送った。





 始業式はその後も滞りなく続いた。
 ただ、理一さんの挨拶をあれほど静かに聴いていた生徒達が、彼が去った途端に私語を再開したのは不思議だった。

 あれ。ちょっと。
 俺の感動を返して。

 育ちの良いお坊ちゃん達って、こういう場ではお行儀良くしてるもんじゃなかったのか?


「おい、そろそろ来るぞ」

「そだねぇ。きょーりょくヨロピコ」


 あの静寂は何だったのか訊いてみようと横を向くと、両横は俺を挟んでそんな謎の会話をしていた。


「……? 何が来んの?」

「しっつれーしまぁす」


 問いの返答は、トールちゃんの間延びした声と、両サイドから力一杯に耳を押さえ付ける二人の手だった。


「なっ!?」


 ぴっちり覆われた耳の中は真空状態に近付いて、サイホン作用的なものが起こっているのだろう。鼓膜が外に引っ張られている感じがする。





  ────わあぁぁあ!!!!!





 次の瞬間、地味に痛い耳は、塞がれているはずなのに爆音の歓声に震えた。

 徐々に緩められる手の隙間から容赦なく轟音が突き刺さる。


「何の騒ぎ!?」


 金髪に耳打ちすると(そうでもしないと声が届かないのだ)、彼は困り顔で壇上を指差した。

 そこには、いつの間にか用意されていた椅子に端然と座る、煌びやかな集団の姿。


「アイドル達のごトージョー」

「……はい?」

「うちの、生徒会役員だよお」


 苦笑するトールちゃんの説明に唖然として鈴彦たちを窺えば、鈴彦も根岸もあまり生徒会には興味がないのか、しっかりと耳を塞いで眉を顰めていた。その態度に五月蝿く感じるのは俺だけでないと安心する。

 加瀬は眉を寄せつつも俺を見て、トールちゃんと似通った苦笑を浮かべていた。


「生徒達の数少ない刺激物なんだよ。生徒会っつーのは」

「刺激物、ですか」


 潤いよりも過激ですね。

 生徒会メンバーに、ご愁傷様と言ってやりたくなった。



 それにしても、顔立ちに恵まれた人には歓声を浴びせるのが此処での風習らしい。騒がれる本人たちには殊更気にした様子がなかったけど、それだけ日常化してるって事だよな。

 欲望混じりだと、今なら解る歓声に、俺は改めて壇上のキラキラ集団を眺めた。

 遠くて表情までは判らない。
 けど、本当にご愁傷様です。


 

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