唐紅に
始業式
ホールは映画館みたいに、跳ね上げ式の座面がついた固定の椅子が階段状に並んでいた。体育館でパイプ椅子、じゃないんだ。凄いなお坊ちゃま校。
座席はクラス別で各ブロックに振り分けられていた。
但し、その中は自由席。人数が少ない1組と2組は合同で1ブロックを充てられたのだけど、元々交流の多いクラスだからなのか、クラス入り混じって仲の良い者同士で座っていた。
そんな訳で俺は、両隣を加瀬とトールちゃんに挟まれている。本人たち曰わく「保護者席」らしい。通路側の端に鈴彦が座り、その横にトールちゃん、俺、加瀬、根岸と並ぶ。加瀬と根岸は面識がなかったのか、自己紹介をし合っていた。
ホールは広くて、六百人以上が入ってもまだ空間に余裕が感じられた。
これだけの人数、同年代の男ばかりが集まると壮観である。だけどムサ苦しさは全くなかった。
「みんなお洒落さんだこと」
「コタ、その発言はオバサンっぽいよお?」
「だってさぁ…」
俺のイメージとしては、男子校とは汗と体臭のする所──譬えてみれば運動部の部室のようなものだったのに(これは酷いか)、ホールには強力な脱臭芳香剤でも設置してあるのかと思うくらい男臭さがないのだ。
トールちゃんもそうだけど、フレグランスの類を使用している人も多いみたい。
混ざり合って、それはそれである種の異臭になっていたりもするんだけど、友人らから聞かされていた「男子校の恐怖」とは違っていた。
「手鏡覗き込んでる男子高校生って、俺、初めて見るよ」
手鏡で頻りと身嗜みをチェックしたり、髪を梳ったりしている人がやたら目に付く。男ばかりなのに、小綺麗なナリをした人しかいないのは凄い。
「まぁな。ああいうのは、やり過ぎだと俺も思うけど」
加瀬が複雑な顔で、リップクリームを塗ったり、髪形を整えたりするのに余念のない一団を流し見た。……えーと。
「でもほら、外見はデカい武器だしさ」
「あー、そうでした」
加瀬の説明に納得。
本当に見た目重視なんだな。感心してしまう。
「ま、例外もいるけどー?」
トールちゃんの意味ありげな笑みに、俺たちは思わず根岸を振り返った。
俺の癖毛なんて目じゃないほどに、跳ね放題のもしゃもしゃ髪。襟のよれたシャツ。根岸は確かに、ここの生徒の中では珍しい部類かもしれない。
「………何だよ。男は中身で勝負だって言うだろ?」
四対の目に見つめられた根岸は、何度も眼鏡をずり上げながら嘯いた。
「やや、別に根岸クンの事だとは言ってないよお?」
「そうそう。振り返った所に偶々お前が居てさ」
「こ、個性的で良いと思うよ、根岸君は」
明らかに揶揄っている両隣をフォローするかのように鈴彦が続けたけど……あんまりフォローになってないような、気が。
「なぁ春色!」
若干赤くなった根岸が、加瀬越しに顔を覗かせた。
「春色なら解ってくれるよな!? 男にブラッシングとか必要ないよな!?」
え、何で俺に振るの。
「や、俺は髪くらい梳くよ」
そりゃ鏡を持ち歩いたりはしないけど、俺だって出掛ける前に一通りの身嗜みは確認する。
そこはね。人としてね。
「裏切り者ォ…」
色々と失礼な根岸にチョップでもしてやろうかと思った時だった。
盛大な拍手がホールいっぱいに鳴り響く。
式が始まったのだと慌てて前を向くと、壇上には仕事モードな理一さんが立っていた。
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