唐紅に
7
窓際の煌びやかな二人にあれほど集まっていた視線は、時間が経つにつれ少しずつ落ち着いて、今ではそれぞれ雑談に花を咲かせていた。
クラスメイツは久し振りに見た美人たちに興奮しただけらしい。メンバーに変動の少ないこのクラスでは、今までも美人たちとクラスメイトをしていた人が多い訳で、見慣れているというか、いつまでも騒げるネタではなかったようだ。
チャイムが鳴っても来ない先生を待つ間、俺たちはぐだぐだと喋った。
結構和やかな雰囲気だったのに、根岸だけは鈴ちゃん──もとい鈴彦を見ては赤くなり、トールちゃんに何か言われては青くなっていた。
敬称を付けられないとか何とか言っていたのが関係しているかは解らないけど、この眼鏡はトールちゃんが苦手みたい。俺とは普通に喋るのに、二人が相手だと途端にキョドる根岸は、見てるだけでも面白かった。
そうそう。
俺は鈴彦を敢えて名前で呼ぶことにした。
最初は初等部からのあだ名である“鈴姫”で呼ぶべきかとも考えたのだけど、話すうちに似合わない気がしてきたのだ。
男としては複雑だろう『姫』の呼称を本人は受け入れているようだし、彼の見た目や物腰のたおやかさは、正しく『姫』だと俺も思う。だけど、ちょっとした違和感が拭えなかった。
「鈴彦って呼んでいい?」
「……うん! 是非!」
思い切って訊いたら、鈴彦は一瞬ビックリしたような顔をして、それから花がほころぶような笑顔になった。
笑うと凄く可愛い。
「鈴ちゃんたちと、友達になれそーで良かったあ」
ほわほわした笑顔に和んでいると、トールちゃんがこっそり耳打ちした。友達、の中に根岸も含まれていることが嬉しい。
「ありがとね、トールちゃん」
「どーいたしましてー。コタの為だもん、パパ頑張っちゃう」
「うへ、やっぱり…」
顔を見合わせる俺たちに、根岸が奇妙な唸り声を上げた。それを聞いた鈴彦が、小首を傾げて根岸を見上げる。
「やっぱり、って?」
「いいいいえ! あのっ、ですね…っ」
「鈴ちゃん鈴ちゃん、あんまり寄ると、その人カワイソーな事になるからねん」
「え? あ、そうなの? えっと、ごめんね根岸君」
よく解っていないらしい鈴彦の無防備な表情に、根岸が慌てて鼻を押さえたのは、また別の話だ。
9時近くになった頃、ようやくセンセが現れた。
少し疲れているような感じがするけれど、出席簿を片手に教壇に立ったセンセは、今日もエリートサラリーマンにしか見えなかった。色男なのも相変わらずで、新担任の男振りに教室が沸き立った。
あちこちから「カッコイイ」だの「佐々木先生ステキ」だの、黄色い……ええと嘘です、正確に言うなら、茶色い、歓声が上がる。
美形サマは乾いた環境の潤いだと、解っていても半笑いになってしまった。寮のロビーにいた時よりも激しいぞ。
「きょんちゃん中等部でも大人気なんだよお」
「クールで格好良いって評判だったよね」
呆れる俺にトールちゃんと鈴彦が教えてくれた。
や、格好良いのは認めるけどさ、クールってどうよ。
俺の知るセンセからは懸け離れた褒め言葉に噴きそうになった。センセは結構おちゃめさんだし、可愛いところもあったりするのにな。
教壇のセンセに目を遣ると、止まない歓声が煩わしかったのか、眉間を深く寄せ教室内を見渡していた。
「欠席者は居ないな。担任の佐々木だ。今日から1年間、お前たちの面倒を見る。ただし、教師の範疇を超える面倒は見る気はない。相談事はそのつもりで選ぶように」
それでいいのか担任! と思うような挨拶を平淡な表情で告げたセンセは、一瞬だけ俺を見て、腕時計に目を落とす。
「時間がない。ホールに移動するぞ」
いちいち命令口調なのは、キャラ作りなのか、素なのか。
教壇に立つセンセは疲れていて、加えて多少ピリピリしているようにも見えた。
確かに今の態度だとクールに見えるけど、俺は寮に案内してくれた時のセンセの方が好きだ。
でも皆が認識している『佐々木先生』はこれが常態なのだろう。ぞろぞろと移動を開始した面々は特に戸惑う様子もなく、寧ろその偉そうな態度にも「格好良い」と騒いでいた。
「センセって、いっつもあんな感じ?」
「そー」
俺達は懸命にセンセの近くに行こうとしている奴らを眺めながら暢気に末尾を歩く。
「クールでしょお?」
にんまりと笑って言うトールちゃんも、センセをクールだとは思っていないらしい。
「そういや、あの冷たさが堪んない! とか言ってるヤツ居たわ。俺はちょっと怖ぇけど」
「ふーん」
根岸は怖い人が沢山いそうだよね。とは、口にしなかった。
俺にとってセンセは『多少怖くて色々変だけど、総じて優しい人』だという印象しかない。けどこれを言ったら、また根岸に変な顔をされそうだ。
「ねー? きょんちゃんがコタを気に入ってるって、ホントだったでしょお?」
楽しげに断言するトールちゃんには、曖昧に頷いておいた。
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