唐紅に
6
「コタコタ、紹介すんね」
トールちゃんは引き連れた美人さんを、ずずいと俺の方に押しやった。
「あのね、こちらコタ。コタ、この人鈴ちゃん。別名、鈴姫サマ」
「スズヒメ様?」
「そー」
何ともアバウトな紹介をした彼は、にっこり笑って「はい握手〜」と俺の手を無理矢理美人さんの前に突き出させた。
「はじめましてコタ君、在家(ザイケ)です。よろしくね」
男子校にはいない筈の物凄い美女──に見える鈴ちゃんは、躊躇いなく俺と握手した。
「………え……あ、うん。よろしく…?」
俺と同じ制服を着ているから男だっていうのは判るし、声だって俺より少し低いくらいなんだけど。判っていても女の子にしか見えない。いや、女の子って言うより、女の人。
「俺の顔に、何か付いてる?」
間抜けた顔でまじまじと凝視する俺が可笑しかったのか、彼はくすくすと控えめに笑った。
しまった。幾らなんでも見過ぎだ。
「ごっごめ…っ、凄い綺麗だからビックリして、その…」
「ふぅぅん。コタってば鈴ちゃんの顔、好みなんだー」
「ちょ! トールちゃん!」
何を言うかなこの金髪!
キッと睨む俺のこめかみを、頬を膨らませたトールちゃんが突付いた。いた、痛いです、やめて。
「仲良しだね」
鈴ちゃんはそんな俺たちを見て、一層楽しそうに微笑んだ。
いやもう何て言うか。
濃く長い睫毛に縁取られた黒目がちな眼だとか、口許を隠して笑う仕草だとか、鈴ちゃんはそこらの女の人よりも女性的で優美だ。こんな男子高校生ってアリなんですか。
男の園には場違いな美女、に見える美少年(言ってて恥ずかしい)をこれ以上直視出来なくて、目を泳がせる。と、中腰で鈴ちゃんをチラ見しながら、真っ赤になっている根岸を見つけた。声には出せてないけど、その口は「姫が…姫が…」と動いている。
うんうん。気持ちは解るよ、根岸。鈴ちゃんは古式ゆかしき日本のお姫様だと思う。
西洋の王子様の他に、日本の姫君までいましたよ。バラエティ豊かですよね。本当に。
「やるな、明芳学園」
呟きはしっかり拾われて、突っ付きを止めないトールちゃんに噴き出されてしまった。
別のクラスかと思っていたけど、鈴ちゃんも2組だった。
鈴ちゃんは空いていたトールちゃんの前に座った。俺の前には立つタイミングを逃した根岸が座っていたので、彼は必然的に鈴ちゃんの隣だ。
改めて隣を見て更に赤く茹った根岸は、酷く挙動不審になっていた。カクカクした動きがブリキの玩具っぽい。
「根岸、油切れ?」
「ちが…っ、仕方ないだろ!? あの鈴姫が隣にいるんだぞ!?」
揶揄うと小声で叱られた。
しかしすぐさま顔を覆い「俺、運使い果たしたかも」とか「ヤバい心臓が保たねぇ」とかブツブツ言いだした。そのくせ、チラチラと指の隙間から隣の美人を見遣るのだ。
どうやら根岸は、鈴ちゃんに好意というか、随分と強く憧れているみたいだった。
そしてそれは、先程からこちらを窺っているクラスの面々も同じだったらしい。
何人もが、まるで本物の高貴な姫君を間近で見たような反応を見せていた。
見たい。
でも見れない。
だから横目で掠め見る。
そんな心理が透けていて、何だか俺の方が恥ずかしくなる。
確かに鈴ちゃんは美女に見えるし、トールちゃんは黙っていれば格好良い。そんな二人が並ぶ窓際の二席はやたらと華やかで、うっとりと眺めるには眩し過ぎた。
綺麗な人に憧れるのは解るけど、それでも、ねぇ。クラスメイトをアイドル扱いしてどうすんの。
「何か不毛だ…」
ぼそりと正直な感想を洩らしたら、思考を察したらしいトールちゃんが、やっぱり噴き出した。
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