唐紅に
5
「違った?」
「や、合ってる」
驚きやら喜びやらを抑えて頷くと、だよな、と返された。
勇者は鼻先まで落ちた眼鏡を中指で押し上げて、改めてまじまじと俺を眺める。
俺を探るような値踏みするような、無遠慮な視線は居心地が悪く、勝手に眉間が寄った。
でも前の席の男は、俺のそんな態度も気にならないらしい。
一頻り俺を観察したあと上体を起こした彼は、机に腕を乗せ身を乗り出して、意外にも人懐っこい笑顔を見せた。
「俺、根岸。覚えてな」
「あ、うん。宜しく」
差し出された右手を握る。ここの生徒は握手が好きだなぁ。
根岸は薄らとそばかすの浮かんだ鼻に下がる眼鏡を、もう一度押し上げた。
「噂の外部生に、」
「あのさ」
失礼だけど、話を遮った。
「俺、春色って名前なのね」
おそらく根岸に悪意はないのだろうけど、疎外されている気分になる。
言外に外部生って呼ぶなと伝えると、正しく汲み取ったらしい彼は、もしゃもしゃの髪を掻き混ぜた。
「悪ぃ。ずっとそう呼んでたからついクセで」
「そっか。でも俺も名前覚えてくれると嬉しい」
「んじゃあ、えっと……春色、に、ちょーっと教えて欲しいんだけどさ」
照れ臭そうに俺の名前を口にした根岸は、向ける視線の種類はともかく悪い奴ではなさそうだ。どうやら少々自分に正直な性質みたいだけど、素知らぬ顔で耳をそばだてている周りよりは素敵です。
「いいよ、何?」
促すと根岸は一瞬廊下へと目を流し、それからまた俺を見た。
「なぁ、あんた佐々木とどういう関係?」
ん? 関係?
「寮の隣人で、友達」
「そんで?」
「それだけですよ」
他にない。トールちゃんは俺の父親を自称しているけど、まあ相手が保護者気分だろうと彼は友達だ。
だけど根岸はどういう答えを想像してたのか「嘘だ」と断定した。
「手繋いでたし、名前で呼んでたよな」
「あー、うん」
手を繋ぐくらい、友達同士でやらなくもないけど、トールちゃんは基本的に距離が近い。父親云々を知らない人からしたら、奇怪しく映るのは解った。最初は驚いたのに、短期間ですっかり慣れつつある自分が怖い。
けど手を繋いだり、張り付いたり、これらはトールちゃんの癖だと俺は理解していた。センセもスキンシップが激しかったし、佐々木一族の特徴かもしれない。
「友達を名前で呼ぶくらいするでしょ」
寮でもクラスでも、ほとんどが「佐々木君」と呼んでいるのは気付いていた。彼を名前で呼ぶ人は少ない。だから俺は余計に“トールちゃん友達いない子説”を信じてた訳ですが。
「呼ばねえよ! つか佐々木を名前で、って……恐れ多いわ!」
「や、苗字呼び捨ても大差ないですよ」
大袈裟に仰け反る根岸に、思わず突っ込んでいた。うぐぐと呻かれる。
「ていうか、恐れ多いって何で? 同級生じゃん」
「ばっか春色、あんた気安く呼んでるけど、それがどんだけ凄いことか解ってんの?」
「凄いんですか」
「ったりまえ! 佐々木が嫌がるから俺らも敬称つけられないだけで…!」
小声で必死に叫ぶ根岸に、首を傾げた。
付け“られ”ない…?
ええと、これってひょっとして、トールちゃんも本当なら「佐々木様」とか呼ばれちゃう人だったりするって事か?
「……はっ! まさか春色、あんたも」
「はぁい、そこまで〜」
興奮気味に喋る根岸と、考える俺。どちらもを止めたのは、聞き慣れたゆるい声だった。
「っ!!」
「たっだいまぁ」
「あ、トールちゃ……」
お帰り、と言おうとして振り返った俺は、パカンと口が開いた。
えええ。
友達紹介する、って言ってたのに。美女をナンパしてきちゃったよこの金髪!
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