唐紅に
3



 特有のざわめきに包まれた朝の教室は、既にそれなりの人数が登校していた。
 中等部からの繰り上がり組ばかりだからだろう。高校生活の初日とは思えない、和気藹々とした空気がそこにある。この穏やかで親しげな輪の中に、入っても良いのかな?

 入り口付近にいる数人は、さっきから困惑気味に俺とトールちゃんを見比べてるし。正直、二の足を踏んでしまう。

 俺、異分子っぽい。



「おはろーさぁん!」


 そんな戸惑いを察したのか、トールちゃんはチラと俺の方を見ると、いきなり気の抜ける挨拶を大声で言った。


「お、おはよう!」

「佐々木君久し振り」


 すると面白いくらいに彼へと注目が逸れ、俺への興味を示す人が格段に減った。

 次々に返される挨拶に、トールちゃんは愛想良く手を振り応える。
 求心力があると言うべきか、一言で皆の関心を攫う姿に感心した。人除け効果はクラスメイツにも有効らしい。

 教室中から「佐々木君と話しちゃった」とか「今、目が合った!」とか、妙にきゃぴきゃぴ? した声が聞こえたのは……うん、気にしない方向で。これも異界の文化だ、きっと。

 それよりも今のうちに、早く席に着こうと気を取り直す。



 新学年の最初は大抵、五十音順に配置されてたりするから……『春色』だと、窓側か、その隣の列くらいかな。


「ねぇコタ、席どこにする?」

 そんな風に当たりを付けた俺の腕を、トールちゃんが揺すった。


「へ? 座席って決まってるんじゃないの?」

「んーん、違うみたーい」


 ほらアレ、と目線で促されて黒板を見る。

 そこには大胆にも、黒板いっぱいに書かれた『座席確保は自己責任』の文字。


「……それでいいのか」

「いんじゃない? きょんちゃんらしーよねぇ」


 トールちゃんは気にならないらしい。激しく目を瞬かせる俺から教室内へと視線を変えた。


「あ、あそこにしよー!」


 どこにするか訊いたくせに、トールちゃんは俺の返事を待たなかった。
 弾んだ声で窓側最後列を指差すなりそちらへ向かう。手を引かれた俺はついて行きかけて、──その一画に空席がないことに気が付いた。

 5×5列に並べられた机の隅を陣取るように三人、腰掛けて談笑している。


「トールちゃん、あそこは」


 埋まってる、と続けた俺の意見は無視された。金髪は結んだ前髪を揺らしながら、構わず歩を進める。

 座っていた人たちは、近付くトールちゃんの姿に気付くと黙って席を立った。



 言う隙もなかったとはいえ、実のところ俺は端よりも中央が良かった。教室中央、前側の座席は、窓際最後列よりも、よっぽど穴場なのだ。主に、先生たちの目からの。

 まぁ、今更望んでも、トレードは成立してしまった後である。まだ空いている中央付近に移るつもりらしい三人組は止められない。

 擦れ違いざま、彼らはトールちゃんに会釈をしていった。対するトールちゃんは「ありがとー」と軽く手を振るだけ。お互いに満足げな顔をしていた。



 どう見ても、嫌って避けられた感じではない。
 しかしこちらは、強要も交渉も、お願いすらもしていない。
 だけど、トールちゃんの為に席を空けるのが当然と言わんばかりの、自然な動きだった。



 「一目置いた」というだけではまだ緩い、この恭しさは何なのだろう。




「ね、コタはどっちがい?」


 最後列に着くとトールちゃんが訊いた。指差すのは窓側と、その隣。


「どっちでもいいけど…」

「じゃあオレ端っこ〜」


 トールちゃんは上機嫌で角の席に腰を下ろす。俺は自分がこのまま隣に座っても良いのか悩んだ。

 だって、この席はトールちゃんに譲られたものだ。端の席に座っていた人がトールちゃんの為に立って、つられるように他の人も移動した。
 それは彼らが友達だからであって、俺に譲った訳じゃない。


「コタ? 座んないの?」


 何となく彼らに許可を得たくて探してみる。けれど其処此処で広がる同じようなクラスメイトの姿に紛れて、どの人たちだったか判らなかった。


「いいのかなぁ…」


 モヤモヤするけど、見つからないなら仕方がない。

 諦めて座った俺に、トールちゃんは珍しいモノを見るような眼差しになっていた。




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