唐紅に
始業
今日は久し振りに、随分な早起きをした。
同室者不在のまま、いよいよ学校が始まる。
一度も袖を通した事がなかった制服を着込んだ俺は、ドキドキしながら玄関の靴箱脇に据えられた姿見の前に立った。
高等部の制服は黒のブレザーに銀鼠(ギンネズ)のズボン、それから蘇芳色のネクタイだ。テーラードの襟を縁取る蘇芳のパイピングがアクセントになっていて格好良い。
中学は変哲のない学ランだったから、ブレザーを着た自分の姿が新鮮だった。
髪も爆発してないし、慣れないネクタイも曲がらずに一応結べている。
財布持った。
生徒証入ってる。
携帯もオッケ。
「よしっ」
朝食にはまだちょっと早いけど、俺はお隣さんを誘いに行くつもりだった。
入寮してからというもの、“食事はお隣さんと一緒に”が暗黙の了解みたいになっている。確認はしてないけど、今日も一緒に食べるんだと思う。というか、ひとりで出掛けたら後が怖い。
もしかしたらまだ寝ている可能性もあるけど、起きるには良い時間だ。チャイムを鳴らして出なかったら、その時はモーニングコールでもして叩き起こそう。
寝惚けた彼らが見られるかも、と期待して玄関を開けた俺は、廊下に踏み出す前に壁にぶつかった。
「コタ似合うー。かっわいー」
ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるのは、言わずもがなの、トールちゃん。
「はよ。起きてたか」
頭をホールドされてて見えないけど、どうやら加瀬もいるらしい。
「お、はよ……えーと、」
俺が二人を誘いに行く気だったのに、まさか先んじて待たれているとは。
考えることは一緒だったらしい。寝起きドッキリやり損ねちゃったな。残念。
「ぁあ! ネクタイしてるし!!」
多少悔しく思いながらトールちゃんの腕から脱け出すと、的外れな非難が上がった。
「いや制服だし。するでしょ」
そういうトールちゃんだって、結ぶと言うよりは引っ掛けるといった感じだけど、ちゃんとネクタイを着けている。
「コタって結べなさそうなのに………あぁぁオレの夢が…」
理解不能なことを呟くトールちゃんはがっくりと項垂れた。
俺がネクタイを結んでいる事が、トールちゃんの夢とどう関係するんだろ。
「……何か俺、自分でネクタイしちゃ駄目だった?」
こちらはきっちりと制服を着込んだ加瀬を仰ぐ。
「そこの金髪は無視しとけ」
「その選択肢もアリですか」
「相手にしてたらキリがない」
おおう、爽やかな笑顔で言い切っちゃったよ。
何だかトールちゃんの扱い方を教えて貰った気がします師匠。
「つーか飯食いに行かね?」
「あ、俺もそのつもりだった」
当初の目的を思い出し、俺は頷く。すると、頭を抱えていたトールちゃんが勢い良くこちらを向いた。
「そーだよ、早く行かなきゃ! 混んじゃう!」
「そうそう。今日は出遅れると大変なんだわ……って、お前が騒ぐから遅くなってんだっつーの」
加瀬は呆れたように言って、俺の手を取ると進み出した。
「やだ待って!」
トールちゃんも慌てて追い掛けてくる。
わざとスピードを上げる加瀬が可笑しくて、噴き出してしまった。
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