唐紅に
2
「コター? にまにましてどしたの?」
「ん? 館林に早く会ってみたいなーって……近っ」
気が付くと目の前にトールちゃんの顔が迫っていた。
「えぇ〜? しゅーへーと会いたくて、にまにま?」
「ああもう、ちょっと地元の友人も思い出したんです!」
「すっごいにやけてたけどー」
トールちゃんの方が余程にやついている。
「館林と会ってみたいって……どんだけチャレンジャーだよコタ…」
加瀬は口許をひくつかせていた。加瀬さん、どんだけ苦手なの。
「んんー、おとーさん妬いちゃいそぉ」
トールちゃんは妙な事を言うと、鎖骨を抉るような強さでぐりぐりと額を押し付けた。
「でも残念なお知らせー。しゅーへーはねぇ、しばらく帰って来ないと思いまーす」
「何で? もう学校始まるのに」
どんなに遅くとも始業式の朝までには会えるだろうという、俺の常識的な見解は通用しないのでしょうか。
「移動が面倒らしーよお?」
「一旦帰省したら毎回なかなか戻らないよな」
「最長でー…いつだっけ? 1学期の中間前?」
「あったなそんな事」
二人は懐かしそうに目を細めるが、俺は開いた口が塞がらなかった。
中間テスト前まで、って。
「じ……自由人…?」
「違う違う、しゅーへーはヤンキーなのね」
「サボリは常套だろ」
「サボリっていうか、それもう軽く不登校じゃないですか」
自主的に1ヶ月以上も休みを延長するのは“サボリ”と言わないと思う。
「いつ帰ってくるか判んない人かぁ…」
興味が湧いただけに残念。
「……コタが早く会いたいってゆーなら、呼び出さない事もないけどぉ」
ガッカリした俺を見て、何故か不服そうなトールちゃんが携帯を取り出した。
「え、や、そこまでしなくても待つ……っていうか携帯!?」
俺の意見など聞かずに電話を掛けるトールちゃんに、思わず叫んでしまった。
「コタ携帯持ってねえの?」
「や、あるけど、ここ山奥だし使えなくない?」
門前で携帯は確かに「圏外」を表示していた。あの時は結構ヘコんだから忘れない。
けど納得したように頷いた加瀬は、事も無げに言った。
「校舎と寮の近辺は使えるぜ? 離れると無理だけどさ」
「…………そう」
俺は使えなかった携帯を鞄の中に入れたまま放置して、あれから一回も触っていなかった。
使えると解っていたらトールちゃんとも番号交換したのに。そしたら寮内で遭難せずに済んだかもしれないのに!
「よくわかんねぇけど、大丈夫か?」
落ち込む俺に加瀬が声を掛けた時だった。
「もっしー。しゅーへー元気ぃ?」
『死ね』
不機嫌を露わにした低音が携帯越しに聞こえて、切れた。
「あらま。寝てたみたい」
指先で摘んだ携帯をぷらぷら揺らしながら、トールちゃんがにっこり笑う。
「寝相と寝起きは、マジでサイアクなんだよねぇ」
──これは加瀬の心配にも、一理あるかもしれない。
ひと月くらい、一人部屋を楽しむのもアリだ。うん。
殺気すら感じた声に、興味がしゅるしゅる音を立てて萎んでゆくのを感じた。
手強いタイプ、かも。
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