唐紅に
親の欲目というヤツです。


 有無を言わさず700号室に連行された俺を待っていたのは、隣人たちのお説教でした。



 探検してました、と告げた俺に、彼らは目を丸くして、そこからノンストップで諭された。
 L字型のソファに両側から挟まれた状態で、延々とお説教だ。ステレオはきつい。

 たっぷりと反省させられた後、俺は“何も言わずに独りで出掛けません”と誓わされた。それで取り敢えずは納得したのか、ようやく食事にありつけた。

 ありつけた、の、だけど。



「あれほど“部屋でいい子にしててね”ってゆったのに、どーして出掛けちゃうの」

「しかも黙って」

「お留守番淋しかったの? 散歩なら一緒に行くからゆってよぉ。戻ったらコタが部屋にいなくて、オレほんとーに心臓止まるかと思ったんだからね!」

「俺も焦った。せめてメモくらい残せって」

「……うぅ…すみませんでした……」

「誓ったんだから、もうふらっと出掛けんなよ?」

「…………うー……」





 ……おかしい。
 何でまだ小言食らってんの。

 どこからか仕入れてくれていた惣菜パンと、温かいカフェ・オーレ。そんな、空っぽの胃袋には魅惑の品を食べてるのに、ちっとも味がしなかった。


「つーか変な奴に絡まれたりしなかったか?」

「絡まれてませんよ」


 即答したら、疑わしげにじぃっと見据えられた。ううう、信用ないな…。


「絶対?」

「うん、本当に。ほとんど人を見掛けなかったし」


 王子は変な人だったけど、絡まれてはない。道案内してくれた良い人だ。
 力強く頷くと、隣人コンビは揃って深い安堵の息を吐いた。

 心配性過ぎるんじゃないの?

 離したら俺が消えてしまうとでも思っているのか、トールちゃんは横からぎゅうぎゅう締め付けてくるし、加瀬の目も俺から離れない。心配させるような事をした俺が悪いんだけど、いい加減呆れてくる。



 この人たちは初日の食堂以来、やっぱり極端に過保護になっていると思う。
 気付いた時、何故なのか訊いてみたんだけど、加瀬は


『トールの気持ちが解った』


 という、至極解り辛い返事をくれただけだった。
 どうやらあの日の、俺の態度に原因があるらしい。が、まったく心当たりがない。


『庇護欲ってゆーの? そゆのをね、すっごく擽られちゃうんだよぉ』


 因みにトールちゃんはそんな風に言って笑っていた。こっちの説明もさっぱりだ。

 あぁ、でも。俺に原因が有ろうと無かろうと、今はこの、俺を絞め殺しそうな勢いの金髪をどうにかしなきゃ。


「えーと、そろそろ離れませんか?」


 苦しいですよー、と、腕を叩いて伝える。


「ヤダ。くっついてないと、またコタどっか行っちゃう」


 ふる、と頭を振った金髪は、そう言って首筋に鼻先を擦りつけた。
 髪の毛がさわさわと当たってくすぐったい。


「どっか行くって……そりゃ、部屋には帰りますけどね」


 人を根無し草のように言わないで欲しいなぁ。


「……ヤダ。今日はコタ、お泊まり決定だもん」


 駄々っ子のようなひっつき虫の言葉に、むぐむぐと頬張っていたパンを噴き出しそうになった。

 お泊まり?
 決定?



 えーっと、


「それは困る」

「何で? また出掛けんのか?」

「出掛けませんっ」


 ぽろっと零した科白に加瀬が目を鋭くするもんだから、大慌てで否定した。てゆか、加瀬の中でも俺は泊まる事になってたのか。


「そうじゃなくて。寝る場所ないでしょ?」


 基本的に部屋の造りはどこも変わらなかった。個室にあるのは、ベッドと机とクローゼットがひとつずつ。寮らしく、客が泊まる事は想定されていない。
 だけどトールちゃんは、きょとんとした顔を上げた。


「一緒に寝ればいーじゃない。……あ、だいじょぶ、オレ寝相悪くないよお?」

「俺が寝相悪いんです」

「気にしなくていーのにぃ…」


 誰かと一緒に寝るなんて。
 昔それで凄い迷惑を掛けた事のある俺は、必死に断った。



 皆でお泊りをした時のことだ。俺の隣で寝ていたはずの人が、起きた時には額を真っ赤にして部屋の隅で蹲っていた。俺は隣の布団で、逆さまの状態で目覚めていた。
 これは俺が寝ている間に何かやらかしたに違いないと、慌ててそいつに訊いた。

 でも友人は、どれだけ聞いても「コタの所為じゃない」と「大丈夫」を繰り返すだけ。結局俺が何をしたのかは教えてくれなかったけど、寝惚けて蹴り飛ばしたんじゃないかと思っている。

 おまけに何度か経験したお泊りの度に、似たような犠牲者が出ていた。これは俺の寝相が最悪だという証明だろう。


「別に布団があるならともかく、一緒に寝るのは無理」


 トールちゃんはむぅと唸ったけど、こればかりは譲れなかった。


「だいじょーぶだってばぁ。寝相悪いって、しゅーへーよりはマシでしょお?」

「ん? 誰?」


 聞き覚えのある名前なんだけど、思い出せなかった。


「しゅーへーはねぇ」

「コタの同室」

「…………ああ!」


 そうだ。



 館林修平。



 ドアプレートで見てた。


 

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あきゅろす。
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