唐紅に
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「はい、これ」


 9階に繋がる階段に到着すると、王子はフロアガイドを俺の手に戻した。
 メモ欄には「2つ目角を右→ステップ踊場を左→1つ目角を右」といった具合に、A棟エレベータまでの帰り道が丁寧に書き込まれている。歩きながら書いていたのに、見易い綺麗な文字だった。


「ありがとうございます!」


 直角に近く腰を折って感謝する。


「先輩凄い。寮の中完璧に覚えてるんですね」


 これにミスがあったり、故意に違う道筋を書かれてたりしたら、俺はまた迷う事になるのだけれど。
 ここは俺の賛辞にはにかんだ王子を信用したい。


「長くいるからね。春色君もすぐに覚えるよ、大丈夫」


 会話しつつ歩きつつ、帰り道のルート指示まで書き込めちゃう人に言われると、くすぐったかった。


「だと、いいんですけど」

「春色君は外部生だよね。慣れるまでは友達と一緒に移動するといいよ」

「そうします」


 覚える自信がなくて苦笑すると王子もにっこり微笑んだ。
 うわ、背後に花が咲きましたよ今。


「じゃあ俺行きますね。本当にありがとうございました」


もう一度頭を下げて階段に足を掛ける。


「あ、待って」


 王子はちょいちょいと指を曲げ俺を呼んだ。


「はい?」


 呼ばれるままに3歩の距離まで近付くと、ぐいっと腕を引かれた。


「わ」


 蹌踉く俺の左頬に温かい物が触れる。


「なっ、えっ?」


 見上げた先には、きらっきらの王子様スマイル。


「ご馳走さま。またね」


 軽やかに手を振り去って行く王子に、何ですか今の! という叫びを上げ損ねた。





 王子様は生粋の日本人とは思えないくらいの西洋顔だった。

 きっと彼はダブルで、異文化の中で育って来たのだろう。

 だからあれは、彼なりの挨拶だ。

 そうだ。そうに違いない。










 茫然自失の体であっても、無意識の意識は正常に稼働していたらしい。

 左頬へのキスを西洋式の挨拶だと結論付けた頃、俺はしっかり上位部屋一画の入り口に立っていた。


「おお。凄いな俺」


 そんでもって凄いぞ、王子の記憶力。今度会った時にでも、ちゃんと帰り着けたお礼を言わないと。
 そう心に留める。



「……さ、こっちも頑張るか」


 廊下の突き当たりに蹲るそれを見つけた俺は、正直気不味くて堪らなかったんだけど、その人影──トールちゃんの前に進んだ。


「ただいま」

「……! コタ!!」


 眉間に深く皺を寄せて俯いていたトールちゃんは、声を掛けると勢い良く顔を上げた。
 瞬時に立ち上がり、覆い被さるように真正面から抱き竦められる。


「遅くなってごめん」


 ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる彼は、はぐれた親を見つけ出した小さな子供みたいだ。不安で不安で仕方がなかったと全身で伝えてくる。まったく、これじゃどっちが親なんだか。

 でも、それくらい心配させたって事だよね。
 ううん、……反省。


「待っててくれたんだろ? ありがとな」


 あやすつもりでポンポンと軽く背中を叩くと、更に強くしがみつかれた。



 何も言わずに出掛けたり、もうしません。





 

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