唐紅に
2



「うぅぅ……あそこで、戻ってたら…」


 フロアガイドの略図は、ルートを何度指で辿ったところで略図でしかない。
 当たり前の話だけど、RPGのダンジョンマップみたいに現在位置が示されたりしないのである。階数の表示も自分の進路に合わせた方角の表示もなく、現実の空間に何らかの目印を見つけない事には、ここがどの棟の何階なのかさえ解らなかった。

 壁紙に掛けるお金があるならこういうガイドにお金を掛けて欲しいよ、りっちゃん。

 詮無い愚痴を内心で重ねながら、俺はふらふらと歩く。
 地図代わりにはならないと痛感したフロアガイドは、丸めてパーカーのポケットに突っ込んだ。









 時刻はとっくに19時を回っていた。本来ならば今頃食堂に向かっていた筈なのにと思うと、空腹も一入(ヒトシオ)だ。
 誰に憚ることなく腹の虫を鳴らしながら、自分が来ただろう道を逆行する。

 トールちゃんに一言言ってから出れば良かったかな、と、ちょっとだけ後悔した。
 そうすれば彼はこの散歩に付いて来ただろうけど、道が判らなくなる事もなかっただろう。約束の時間に戻れなくなることもなかった。


「あー……そうだよ、トールちゃん絶対騒いでるよ…」


 1週間近くを共に過ごして、トールちゃんが実はかなりの心配性だと思い知った。
 寝るとき以外はほとんど一緒にいるのだ。

 一緒にいて干渉してくる訳じゃないけど、目を離すのが心配で堪らない、と真顔で言われた時には倒れそうになった。俺は赤ん坊レベルですか。

 今この瞬間もきっと、あの世話焼きさんは先に食事に行ったりせず、俺を探している。
 これ、予想じゃなくて確信。


「先にご飯食べててくれないかなぁ」

「誰が?」

「そりゃトールちゃん……って、えッ!?」


 唐突に割り込んだ声に、俺は驚き肩を揺らした。

 ……そ、空耳?



「君、こんな所で何をしているのかな」


 気の所為でも幻聴でもないらしい。
 再度聞こえる声に一拍置いて振り返ると、すぐ後ろに優男が立っていた。

 うわ、新しい美形発見。



 まず目に付いたのは染めたものではないと判る栗色の髪と、長い睫毛に縁取られた鳶色の瞳だった。

 それからピンクがかった白い肌だとか、ふっくりとした血色の良い唇だとか。

 パーツを抜き出すと女性的なのに、組み合わせると男性にしか見えないのが不思議だ。

 寮長やトールちゃんみたいな男らしさはないんだけど、そう、童話の世界の王子様みたいな綺麗さを持った人。

 王子だ、王子。
 リアル王子様だよ。
 つーかこの学校って、顔のイイ奴が多くない?

 振り返ったらそこに居た非現実的な美形さんを、俺はポカンと口を開けて眺めた。


「質問に答えなさい。どうしてこんな場所に?」


 突如現れた美形さんは、僅かに険を含んだ声音で呆ける俺に質問を繰り返した。


「…あ、え…と……」


 かぼちゃパンツに白タイツとか穿いても、この人ならギャグにならずに似合いそうだな、なんて考えていた俺は、とっさに答えられずに口篭もる。


「どうしたの? ……言えないような事をしようと思ってた?」


 厳しさを増した声音と質問内容に、我に返った俺は慌てて首を振った。

 頑張れ俺!
 何か言わないと!


「あのすみません! ここ何処ですか!?」

「……それ、本気で言ってるの?」



 ……どうやら俺は、不適切な発言をしてしまったようです。

 ついに王子な美形さんの眉間に皺が寄ってしまった。


 

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