唐紅に
迷子と王子

 『明芳学園生徒寮フロアガイド』に拠ると。



 明芳高等部の生徒寮は内部で3つのブロックに分かれている。
 学年6クラスのこの学校で2組ずつ各ブロックに振り割られていて、校舎側から周囲を囲む山に向かって順にA、B、C棟と呼ばれているらしい。

 A棟のみが7階建てで、他の2棟は6階建て。

 全て内廊下で繋がっていて、外観としてもひとつの建物なんだけど、山の斜面を利用して建てられている為、A棟の1階とC棟の最上階(C棟自体の階数としては6階に当たる)とでは、実に11階分もの高さの違いがあるのだそうだ。

 各棟はA棟3階からB棟2階へ、B棟3階からC棟1階へと内廊下で繋がっており、生徒は自由に行き来出来るようになっている。だからなのか階数はA棟から通しで付いていた。

 A棟の1階から始まってC棟の最上階が19階。
 例えば大浴場があるという「10階」だと、B棟の3階に当たるのだ。ややこしい。
 ちなみに俺の部屋があるは、寮監室や食堂のあるA棟だった。



 更に各棟の中でも山肌の傾斜による高低を調整する為か、あちこちにアップダウンがあった。
 俺はまだA棟の一部しか歩いていないけど、曲がり角の多い廊下だとか幾つもの短い階段だとか、うっかりすると自分が何階にいるのか判らなくなる複雑さである。



 このように非常に言葉では説明し辛い構造なんだけど、フロアガイドの航空写真だと、寮は巨大な箱階段のように見えなくもなかった。
 大体の形状は「箱階段をていっと横向きに転がしたようなもの」と覚えておけば、平気だろうと思う。





 くだくだと寮の造りについて語ったのは、その難解さを激しく主張したいからだ。
 入寮から五日も経つのに、覚えたのは自分の部屋近辺だけ、という体たらくなのは、決して俺が方向音痴だとかボーっとしてるからだとかいう理由じゃないんです。

 寮のややこしい構造と過保護な隣人たちが、原因の大半を占めていると思います。


「てゆーか、ここ何処…」


 オフホワイトの壁に呟いてみたが、声は反響する事もなく静かに吸い込まれた。
 絶対高い壁紙を使ってるよねコレ。
 こういう所が流石、お金持ち学校だ。昔家族旅行で行ったリゾートホテルみたい。

 今日は19時に夕飯に行こうとトールちゃんと約束していた。それまでに部屋に戻らないとトールちゃんが心配する。
 そう思い目を落とした腕時計は、既に18時50分を指していた。

 ……時の流れって無情だ。

 焦った俺は周囲を見渡して、何か目印になるものはないかと探した。
 けど見事に静まり返った廊下には、片側に凄く間隔を開けて扉が見えるだけで、プレートも何も出ていない。ついでに言うと人影もない。
 取り敢えず生徒の自室が並ぶ階ではなさそうだと見当をつけ、俺は寮内探検の友、フロアガイドを開いた。









 大浴場を一度で良いから見てみたい。
 とても久し振りにひとりになれた俺は、それを目的に部屋を出た。これが18時過ぎ。

 3階までエレベータで降りて、ちらほらと人が溜まる談話室や娯楽室(どうして学校の寮に娯楽室なんかが必要なのかは謎だ)を横目に内廊下へ到着。
 渡ればそこはB棟の2階(=9階)で、目的の大浴場はすぐ上の階にあった。


「ここまでは合ってるんだよなぁ…」


 フロアガイドの略図でも、位置関係は合っている。

 問題はここからだった。
 通路の壁に掲げられた表示板に従って進んだのに、エレベータはおろか階段すら見当たらなかったのだ。
 道を訊こうにも人通りがなくて俺は困った。

 ガイドに拠れば、9階にはリネン室と洗濯室が入っている。
 寮では、衣類などの汚れものを指定の袋に入れて出しておくと、係りの人が回収洗濯して部屋まで届けてくれるようになっていた。贅沢な話だ。
 その為だけの専用階が9階で、生徒数が多いからかリネン室と洗濯室だけでワンフロアが埋まるのだそうな。

 係りの人の仕事は昼間だけだ。彼らは夕方になると敷地内の職員寮に帰る。
 そしてお坊ちゃまたちには無縁の、裏方仕事の場所だったりするから、通常生徒はこの階を素通りするだけだとトールちゃんから聞いていた。

 が、それにしたってこの無人っぷりは予想外だ。



 生憎と右手に納まる“探検の友”には略図しか載っていないし、俺は引き返すかどうかを暫し悩んだ。


「……よし」


 悩んだ末、俺は先へと進むことにした。
 折角ここまで来たのにという気持ちもあったし、食堂の一件以来、途轍もなく過保護な人に変身したトールちゃんへの、ちょっとした反抗心もあった。

 保護者を自称する金髪に言いたい。子供は構い過ぎると反抗したくなるんだぞ。

 そんなこんなで数日の間、ひたすら自立を阻害されていた俺は、とにかく最初に目に付いた階段を上り、角を曲がってまた階段を上り下りして





 ──結果、見事に現在位置を見失ったのだった。


 

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