唐紅に
3
「聞こえたか? 聞こえたなら早く行け」
西尾先輩には思うところがあるのだろう。小綺麗さんに冷めた目で退出を促した。口籠もっていた彼は、ハッとしたように肩を揺らした後、慌てて言い募る。
「でもっ! でも僕は、西尾様にご相談したいんです…」
「うちの奴に報告した事は必ず俺に話が上がる。最終判断するのも俺だ。それが“対暴の仕事”なら、どいつに相談しよーが変わんねえよ」
先輩は淡々と説明して俺に視線を移した。
「俺、コイツの話聞かなきゃなんねーし」
コイツ、の言葉に小綺麗さんも初めて俺に気付いたように目を向けた。一瞬睨まれたように感じたのは、気の所為かな。なかなかの迫力だったけど。
それよりもさっきから、周りのテーブルの人たちがチラチラと此方を見ている事が気に掛かった。先輩たちが来た時にはそう多くなかったのに、明らかに此方の様子を窺っている人が増えている。
「……なあ。アンタ俺の仕事を邪魔したいのか? いつまで突っ立ってんだ」
「西尾様、」
「俺が出向かなきゃなんねーような話なら、俺から聞きに行く。まずは下を通せ」
西尾先輩は、動こうとしない小綺麗さんを諭すように繰り返した。
けど彼は何としてでも西尾先輩に直接話したいのか、退かなかった。
「だったらこの人は、そんなに重大な問題の関係者だと仰るんですか!?」
悲鳴じみた問い掛けだった。
独りヒートアップしてる小綺麗さんは、ヒステリックでちょっと……かなり、怖い。
「キャンキャン喚くな。重要に決まってンだろ。あとさ、部外者は消えろっつってんの。解んねーの?」
アーモンド型の目を細めて、西尾先輩が唸った。
多分、先輩にとって今最重要なのは、俺にセクハラ被害を認めさせて、センセに罰を与えることだ。それって俺には全然重要じゃないし、寧ろ冤罪だし、認める気はまったくないんだから「小綺麗さんの話を聞いてあげて」と思うのだけど。
「お二人の手を煩わせるなんて、最ッ低!」
相手にされず怒り心頭の小綺麗さんは、キッと俺を睨み付けた。
えええ、それも冤罪…。
だけど、たっぷりと侮蔑を籠めて睨む目に、訂正する気も失せた。
彼の怒りは馬鹿馬鹿しい勘違いだ。妄言だ。でも今そう説いたところで聞いてくれないだろう。
そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。ガンッ! とテーブルをひと蹴りして立ち上がった西尾先輩は、勢い良く頭を掻き毟って「帰る」と宣言した。
「苛々する。飴食いてえ」
「はあ。お疲れ様、でした?」
「おん。この続きはまたな」
「……え゛」
ま、まだ諦めないんですか。
俺が口を開く前に、ピンクヘッドの美人さんはひらりと手を振って去って行った。
「あららー…。ニッシー逃げちゃったねぇ」
トールちゃんが呟く。
うん。騒ぎを起こすだけ起こして、逃げられたね。
何が何だかよく判らなくて、ぽかんと見送るしか出来ない。
「待って! 西尾様!」
でも小綺麗さんの行動は早かった。最後に俺をひと睨みした彼は、懸命に制止の声を掛けながら西尾先輩を追い、あっと言う間に食堂から出て行った。
……本当に、あの人も何だったんだろう。
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