唐紅に
2
「じゃあ何か? あれはコータも合意の上だった、と」
「変な言い方しないで下さいよ。えーと、合意じゃなくてですね…」
「許容出来る範囲」
近くのテーブルから持ってきた椅子に、滑り落ちそうな座り方をしている安芸先輩からフォローが入る。
「そう、それです」
「庇わなくても大丈夫だって。佐々木にゃ厳罰を下すから」
「いやいやいや、だから被害はないんですってば」
センセを目の敵にしている先輩の手に掛かると、単なるセクハラ疑惑も大事になるようだった。頻りと「訴えろ」と言う彼は、最初からずっとこの調子である。
俺は本当に、怒るようなことは何もされていない。
確かにセクハラ紛いのスキンシップには閉口したけど、被害と言えるのは、多少歩き難かったくらいだ。
『寮まで連れて行ってくれる合間に、学校案内もして貰ってました。
気が付いたら肩を組まれてたんだけど、センセが重くて蹌踉いちゃったんです。』
以上、先輩が乱入するまでの経緯説明。
理一さん絡みの事とか、話したくない部分を端折ったら、ひどく簡潔になってしまった。
嘘は言ってないけど、これじゃ西尾先輩が納得しないのはしょうがないのかなぁ。
「さっきの説明以上に話せることなんてないですよ。もう終わっちゃいません?」
「終われねー。……な、コータ、ちょーっとでイイから証言しちまえ。そしたら俺はアイツに一矢報えるんだよ」
「先輩それ、めちゃくちゃ冤罪じゃ…」
「西尾。公正性」
そんなにセンセが嫌いかと呆れた。安芸先輩からも突っ込みが入る。
こういう時、真っ先に突っ込みそうな加瀬は既に厭きていたらしく、メニューを開いてデザート選びに熱中していた。
「……トールちゃん、センセを庇わなくていいの?」
ならば、と、ずっと聞いているだけのトールちゃんに振ってみる。頬杖をついた金髪は、面白そうに「必要ないもーん」と笑うだけだった。
「従兄なんでしょ」
「そー。でもどーせ、きょんちゃん無実でしょお? 『面倒だからガキは厭だ』ってゆってたしねん」
「……センセって…」
「口では何とでも言えるだろーが。つか何でトールも同席してんだ?」
「きょんちゃんのぺたぺたの理由に興味があったのとぉ、オレがコタを守るって決めたからでーす」
邪気のない顔で言い切るトールちゃんに、西尾先輩もそれ以上は言えなかったらしい。
「コータ、おまえって奴は…」
うげ。
せっかく逸れた矛先が、また俺に戻って来そう…。
「あ、あの!」
その時だ。俺を押し退けるようにして、トールちゃんとの間に小柄な生徒が割り込んだ。
どっから来たんだこの人。
「あのっ、西尾様に、ご相談したいことが…!」
そう言って先輩を見つめるその人は、何と言うか小綺麗な人だった。
俺を(不本意ながら)囲んでいる美形様たちのように、顔の造作がずば抜けて整っている訳じゃないんだけど、頭の天辺から足の爪先まで“きっちり手入れしています”といった感じの清潔感を持っている。
「対暴関係の件で、」
ああでも、震える声を押し出すようにして話す姿は、どことなく作為的だ。
「だったら反省室に行け。誰かが詰めてる」
今し方の砕けた雰囲気を改めた西尾先輩の声が硬く響いた。それに反応したのか、加瀬もトールちゃんも俺の隣に顔を向ける。安芸先輩だけは変わらずダルそうに座っていたけど、纏う空気がほんのり尖っていた。
顔の良い人が真面目な表情になると迫力が増す。
小綺麗さんは自分に向けられる四対の目に圧倒されたのか、頬の辺りを紅くして口籠もった。
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