唐紅に
食堂事変
トールちゃん効果で存外穏やかに食事を終えた直後だった。
「よっ。さっきぶり」
加瀬の後ろに立って、ひょいと手を挙げる人がいた。
「あ、どうも」
「やっほーニッシー、さっきぶりー。アキチャンもおひさ」
トールちゃんがのほほんと返す。俺は“美形は危険”と一瞬身構えたのだけど、トールちゃんも加瀬も、まったく警戒している様子がなかった。
間違いなく騒がれてたはずなのに、この人は大丈夫ってこと?
特徴あるピンクヘッドの美人さんは、加瀬の隣にどっかり腰掛けると、連れていた長身の美丈夫を顎で示した。
「コイツ、風紀委員長の安芸(アキ)っつーの」
安芸、と呼ばれた先輩は、西尾先輩と同類のお姿だった。
加瀬と似たようなこざっぱりした短髪だけど、極端に明るい茶色だし、右耳には見るのも怖いくらい大きなピアスが刺さっている。外したらやっぱり、ポッカリ穴が開いてるのかな。
……開いてるんだろうね。痛そう。
装飾品は他に着けていなかったけど、左目にはアイパッチをしていた。しなやかに光る黒革に、艶の違う黒糸で複雑な模様が刺繍された、何だか高そうな代物である。それが鋭い目付きとか、細く整えられた眉と相俟って、ちょっとどころでなく威圧感を漂わせていた。
一言で表現するならば、チームの頭とか張っていそうな人。
………風紀委員会って、こんな人ばっかりか。
「よろしく」
胸くらいの高さでばらばらと指を動かす独特の挨拶? をされて、学園の風紀に些か不安を抱きながら眺めていた俺は、慌てて頭を下げた。
「春色です。初めまして」
「んで、俺が西尾な。じゃあ始めっぞ」
「はい?」
何をでしょう?
疑問符を浮かべる俺を置いてけぼりに、西尾先輩は安芸先輩から受け取ったメモ帳を開き、ペンを構えた。
「……ニッシー、ここでチョーショ取んの?」
俺の隣で金髪が首を傾げる。
「ああ。おまえら飯は済んだんだろ? コッチも二人いるし、丁度良いじゃねーか」
「めんどくさがりぃ」
「テメェんとこのが昼間に邪魔すっからだっつの。時間外手当て寄越せクソ佐々木」
──思い出した。
『んじゃコータ、調書とっから、ちょっくら寮まで付き合ってもらおーか』
あの、どっかの刑事ドラマみたいな科白。あれって本気だったのか。
昼間もちょっと思ったけど、西尾先輩は実に仕事熱心な人らしい。
でも調書って、こんなオープンな場所で取るもんだっけ? 委員会の人が二人も来て……
「ね、“二人だし丁度良い”って?」
「風紀の仕事はツーマンセルが基本だ」
向かいの加瀬にこっそり訊いたのに、何故か離れたところから回答された。
「公正性の問題とかで」
安芸先輩は両手をポッケに突っ込んで、テーブル脇にダルそうに立っていた。覇気なく喋っているのに、低い声は食堂の喧騒を縫ってきれいに届く。いい声してるなぁ。
「……どうも、です」
「ん」
瞬きするみたいに頷く仕草が、ビックリするほど可愛い。
驚く俺を見て加瀬が楽しそうに笑っていた。どうやら、このギャップは周知の事実らしい。
うおう、この人も良い意味で意外性の人か。
「タダ働きとか、やってらんねっつーの」
「対暴は特典あるでしょー? ゼイタクゆわないでよお」
それに隣でぐだぐだと言い合ってる人たちよりも、意思の疎通がし易そうだ。
ああそうだ。ついでだし、訊いちゃおうかな。
「もうひとつ、教えて欲しいんですけど」
また、瞬きみたいな頷きが返ってくる。
「“タイボウ”って何ですか?」
センセも西尾先輩をそう呼んでいた。口論に巻き込まれたくなくて聞き流していたし、その後も何だかんだで訊きそびれてたんだけど、耳慣れない言葉だったから気になっていたのだ。
「対暴は風紀委員会内の組織。正確には“暴力行為取締対策班”という」
「あぁ。暴走しちゃった人たちの…」
「そいつらを専門に取り締まる。……簡単に言えば、正義の味方」
せいぎのみかた
せいぎの……?
「なんて似合わない…」
「おいコタっ」
ぎょっとした顔で、加瀬が小さく叫ぶ。
正直者な俺の口を誰か塞いで下さい。西尾先輩の眼力が半端なく怖いです。
「こいつは規格外」
でも安芸先輩も、西尾先輩を見下ろして、すごく微妙な顔をしていた。
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