唐紅に
2
「春色、委員長と同じ班だろ。何も聞いてない?」
「何かあったんですか?」
まったく予想がつかず聞き返した。急いで出掛けた安芸先輩を思い出し、何か問題が起こったのかな、と思う。
根岸はお花ちゃんたちを気にしてか、ぐっと声を抑えた。
「ヒーローの事」
「……はい?」
真面目に言われて、真面目に首を傾げてしまった。
ヒーロー?
予想外の内容に、疑問符が脳裏を埋め尽くす。
「ちょ、こっちも知らないとか、おまえ噂に疎すぎ。周りの話、聞いてみろよ」
呆れ顔の根岸は目だけを周りに巡らせ、促す。耳を澄まして聞こえてくるのは、お花ちゃんたちのイケメントークと、………び、美容の話?
「コスメの話じゃないからな」
「あ、はい」
いや、だって、保湿系化粧水がとかどこそこのアイクリームがとか、本当に男子高校生かと耳を疑いたくなる単語を拾ってしまいまして、ですね…。
つい呆けていると、スパンと叩かれた。
「だから、そっちは気にすんなって。聞くのはあっち! ほら、カッコイイ人にどーの、って自慢してんだろ。あの茶髪のチワワ」
お花ちゃんをチワワと呼ぶ根岸がこっそりと一人を指した。イケメン様を話題に盛り上がるグループの一人だ。その生徒が中心になって話している。「助けられた」とか「赤い髪で」とか、そんな言葉が聞こえた。
ちょっとしたトラブルから殴られそうになった彼を、見知らぬ生徒が颯爽と助けた。
話としてはそれだけだったのだけれど、その生徒がとても格好良かったらしい。
助けられたというお花ちゃんは頬を染めて興奮した様子で語り、友達たちは「いいなぁ」「お会いしたかった」などと羨んでいた。
注意して聞けば、他のイケメントークに励んでいる人たちの間でも、件の生徒のことは話題に上がっているようだ。似たような形容と、唯一の特徴なのか“赤い髪”という言葉が耳につく。
聞き耳を立てる会話から俺が連想したのは、親友だった。
ビールで脱色したみたいだと揶揄われることもある、赤銅色の髪。艶やかな色を天然で纏う、強くて優しい人。
彼を思い浮かべて、だけどすぐに否定した。ヒロム君は県外の高校に通っているからだ。明芳だって県外の高校だけど、俺が明芳の受験を決めた時も、あの人は「遠いな」と言っただけだった。
ヒロム君が明芳に居るなんて──まさかね。
「赤い髪でカッコイイ奴なんて、初めて聞くっつーの」
どうやら昼間に起こった幾つかのトラブルを、その人物が(力で)解決したらしく。周囲の話し振りを聞く限り、見掛けた人間は意外に多そうだった。
お花ちゃんたちがこれほど騒ぐ“見知らぬ格好良い人”が、武力を以て“風紀よりも先に争いを解決した”──根岸はそこに特ダネの匂いを感じたらしい。
「正体不明のヒーロー! って煽っといてさ、その後そいつの特集組んだら売れそうじゃん」
確かに学園では好まれそうなネタである。
「特集って、何か判ってんの?」
そのヒーローの事を安芸先輩から聞いてないか、って話だったよな?
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