唐紅に
2

「意外だね。俺も春色君は数学得意なんだと思ってたよ」

「だよね!? あんなスラスラ解いてたのに、うわあ、詐欺だぁ…」


 前橋先輩も目を丸くし、小嶋先輩は頭を抱えた。
 数学は本当に不得手なんだけどな。単元によっては平均点ギリギリ、なんて事もあるし。


「天才なの!?」

「え、や、苦手だから、他の教科よりも勉強してて、」


 受験勉強の名残、とも言う。天才というのは、某金髪みたいな人の事を指すのだ。
 テスト前は絶対にお世話になろう、と決意する俺に、中尾が思いっ切り顔を顰めた。


「とことんガリ勉だな」


 否定はしないとも。



「……模範解答だし」



 中尾の、ある意味見慣れた反応に苦笑していると、阿南がそう零した。

 本人は独り言か、もしかしたら無意識だったのかもしれない。けど、離れた俺の席にまで届いたその科白は班の皆に聞こえていて。

 何だか棘を含んだそれに、一呼吸の間テーブルが沈黙する。





「はーい、そこの坊ちゃん刈り! 今のどういう意味ィ?」


 しかし滝上さんは至って軽い調子で阿南を指差した。いやあんた、坊ちゃん刈りって。
 「タッキー馬鹿だからわかんなぁい」とおどける彼に、阿南は微かに眉を寄せつつ“後輩”の顔になった。


「俺も見習いたいなって、感心したんです」

「いい子ちゃんな答えだこって」


 中尾が鼻白んだように呟く。滝上さんがにぃっと口の端を吊り上げた。


「坊ちゃん刈りはー、中尾っち以上に素直じゃない子。って事でオケ?」

「な、中尾っち!?」

「ほれほれ喜べー? 俺が綽名付けてやってんだからさぁ」

「要るかそんな綽名…! つか何で上からなんだよ!」

「え、中尾っち馬鹿なの? 俺のが年上なんだから上からでも当然でしょうが。ああそれと先輩は敬うよーに。特別に“滝上様”って呼ばせてやるよ。ほれ、言ってみな」

「誰が呼ぶか!」


 ぎょっとした中尾を揶揄う滝上さんは、物凄くいきいきとしていた。イジリ甲斐があるもんなぁ。皆呆れた顔で、でも二人のじゃれあいを面白そうに見ている。てゆか中尾、「素直じゃない」には言及しないのね。



「そこの馬鹿二匹、いい加減にしろ! 食事中にうるっさい!」


 結局、我関せずで食事を続けていた御子柴先輩が我慢出来なくなって叱るまで、二人はやんやと騒いでいた。

 彼らが大人しく口を噤むのとは反対に、皆がペースを取り戻す。坊ちゃん刈り呼ばわりされた阿南も、揶揄われたり同情されたりと周りから話し掛けられ、輪に加わっていた。良かった。



「滝上さん。ありがとうございました」


 気を逸らしてくれたお蔭で険悪な雰囲気にならずに済んだ。あの場では俺が何と返していても、厭な空気が残っただろう。阿南に直接何かをした覚えはなかったけど、俺はなかなか彼に疎まれているらしいから。

 ああやって話をすり替えて雰囲気を紛らわせるのは、俺には出来ない芸当だった。
 歓談の戻った席で、周りに聞こえないように感謝した俺に、滝上さんはにんまりとした。


「イイとこ見せてハルちゃんに惚れて貰おう、ってな下心」

「はは。それでも助かりました」

「お礼はデート1回で宜しくー」


 ウィンクをひとつ。
 気障ったらしいそれに顔が引き攣らないよう頑張っていた俺は、阿南が良くない笑顔を浮かべていた事も、安芸先輩がそんな阿南を思案げに見据えていた事にも、気付かずにいた。





 

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