唐紅に
3
何となく出来上がっている、三人ずつ並んだ列の後方に回る間、フェロモン男──滝上太紀(タキガミ タイキ)と名乗った──には多くの視線が注がれていた。種類は大きく二つ。
好意的なものと、落胆や侮蔑を感じさせるものと。
一歩下がって歩く俺も当然一緒に見られたりするのだけれど、興味深そうにしているのは班員たちくらいで、そんな彼らでさえ、滝上さんの方が気になるようだった。
決して居心地の良いものではないだろうに、本人は至って平然と、無駄にエロさを振り撒きながら歩いている。
それに中てられた人の反応も、赤面するか厭そうに顔を背けるかに分かれるのだけれど、滝上さんはそれすら、どうでも良いようだった。
「ああ、違うよ。ハルちゃんもこっち」
列の最後尾に腰を下ろすと、胴体を掬うようにして後ろへ引っ張られた。
前に座る人たちと、不自然に空間が開く。
俺は前の人たちに混ざって「親しくする気はありません」アピールをしたかったのだけど、腹に回った手がそれをさせてはくれなかった。
「そんなに嫌がらないの。ほらほら、お兄さんと少しお話しましょー?」
口調は同じ、けど声を絞って「損はさせないよ?」と囁かれ、隣を見上げた。
見返す滝上さんはにんまりと口角を上げ、ようやく腕を外した。
俺に移動する気が失せたのを察したのだろう。
「んーと、まずは、色々テキトー言ってごめーんね」
着々と生徒が集まっている講堂内を眺めながら、滝上さんは悪びれない笑顔で言った。
「役付きがどうの、ってヤツですか?」
俺にとって嬉しい話じゃない気がするし、でまかせならそっちの方が良い。
そう伝えると、フェロモン男は垂れがちな眦を更に下げて笑った。
「俺、正直者で有名なんだけどなー? ちょびっと盛ったけどー、みこっちゃん笑えるくらいエリート大好き人間だからさぁ、覿面に喰い付いたでしょ」
引き続き班員の出欠確認をしている御子柴先輩は、人陰に隠れてしまっていた。小柄だしな。俺の時と似たような遣り取りをしているのか、横で小嶋先輩が慌てている。
「みこっちゃんさ、生徒会長様にスゲー心酔してんのね。あちこちで『僕は一生お側で支えていくんだから!』なーんて公言しちゃってるし。だから他人の評価基準も『会長の役に立つかどうか』なんだよねぇ」
「条件って、そこを篩に掛けてたんですね…」
明芳で上位部屋にいる人間イコール、高確率で前途有望な人材。と、いう事かな。
御子柴先輩が行ったところで然して意味がないと思うのだけど、もしかしたら会長の為に青田買いしているつもりなのかもしれない。
「普段はみこっちゃんもキャンキャン煩いだけなんだけどさぁ、自分の認めてないヤツが会長に近付いたりしたら、ちょー鬱陶しくなんの。だっからハルちゃんは先に売り込んどかないと、って」
「……や、俺は別に、会長と接点なんて、」
交流があると決め付けた科白に、咄嗟にしらばっくれていた。
王子はともかく、会長と俺が会ったと知っているのは数人だ。もしかしたら安芸先輩経由で風紀委員には伝わっているかもしれないけど、それでも言い触らすタイプはいないだろう。
「あるでしょ? モデルさん」
思わず動きが止まる。
笑みを含んだ視線が隣から向けられた。
滝上さんも『知っている』内の一人だとは思わなかった。
「あの奥にね、イイ感じで草地があんの。晴れた日には昼寝にサイコーなのよ」
つまりあの時、この人は見てたって訳だ。
見てたんなら、助けて欲しかったなぁ。お貴族サマ相手でも、この瓢然とした男なら、何食わぬ顔で割り入って来られる気がするのに。
まぁ、見知らぬ生徒が生徒会長と向き合っているだけじゃ、何もしないか。俺も途中から居直っていたし、状況が解っているなら、余計に。
そこでふと、疑問が浮かんだ。
「おんや? もう否定しねーの? それともまだ他人事にしちゃってる?」
多分標準装備の、何かを面白がるような表情が、下から覗き込む。
「……先輩は、滝上さんはどうして、俺にそれを言うんですか?」
わざわざこんな風に、他に聞かれないようにして。
「仮に俺が会長と接点を持った事があるとして、そんな機会、そう何度もあるもんじゃないですよね。それに、」
前方にいた班員がこちらへ向かっていた。少しだけ早口になる。
「その事で俺が誰に何を言われても、滝上さんに害はないんじゃないかなぁと思うんですが」
何故、フォローするような真似をする?
彷徨わせていた視線を合わせると、彼は目を細めて、笑った。
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