唐紅に
6

 モテるとは、持て囃されると同義である。

 また、自分が好きになった相手以外から好意を寄せられる事を、モテるという。





 そんな独自の定義を持っていた親友はかつて、


「その他大勢からモテるより、好きな奴に自分を好きになって貰えた方が何倍も嬉しい」


 と、静かに笑って言った。

 男女問わず多くの人に怖がられ、同じくらい多くの人に好かれていたヒロム君の言葉は、恋愛レベル1の俺を「そういう考え方の人もいるのか」と驚かせた。

 その一方で、彼の悪友のように「ハーレムは男の夢だ」と豪語する人もいる。まさに千差万別。十人十色。



 館林がどういった恋愛観を持っているかは謎だけれど、ヒロム君タイプだったりして、と想像した。だからって暴力はどうかと思うけど。


「これ柔軟って言葉で片付けていいのか…?」

「引かれるのは悲しーけど、へーきなコタもヤだぁ…」


 ぼそぼそと交わされる声に意識を戻した俺は、その意味を呑み込むまで数度、瞬いた。


「平気って……二人とも、此処の風習には習うより慣れろ派じゃなかった?」


 俺もその意見には賛成だった。この異界で過ごす限り、此処の文化に偏見を持つのは自分が困るだけである。
 抱く感想はさておき、あれこれ肯定的に捉えようとするのは、そういう風に意識した結果だ。

 それに男同士だからって、恋愛の基本は男女のそれと変わらないのだろう。こちらも聞きかじった知識しかないので、基本とは、なんて蘊蓄は語れないけれども。

 でもそう考えれば、この学園には何の因果かマイノリティが大集合しちゃっただけだと、一応の納得が出来たのだ。

 若干の違和感は否めないものの、俺にとっては恋愛自体が未知の領域だったりするしね。


「いちいち意識しちゃうとさ、ビビって何にも出来なくなっちゃいそうだしなぁ」


 俺がそんな風に考えているとは知る由もない二人は、酷く情けない顔になっていた。


「そうだけど、ほら。頭で解ってるのと、マジで触られたりするのとは、違うだろ?」


 自分だってまだ若干顔を青くしているくせに。無理するなよ? と心配する加瀬の目を見て、俺は微笑んだ。


「触られただけで、何かが減る訳じゃないでしょ? 本当に大丈夫だよ」


 虚勢じゃない。驚いたし、パニックになりかけたけど、気持ち悪さはまったくなかった。──性的な意図を感じなかったのだ。

 館林はあの時、筋肉とか骨格とか、そういうのを確かめるように触れていた。寝惚けていて気付かなかったけど、あれは動物が「何だこれ」って匂いを嗅ぐのと似ていたように思う。
 俺がハグしなければ、気が済んだ時点で放置されたんじゃないだろうか。


「そっかぁ」


 俺をとても真剣な眼差しで見ていたトールちゃんが、ゆっくりと瞬きをした。

 再び目を開けた時には、それまでの真剣さは霧散していた。


「じゃあコタは、例えばオレが、しゅーへーみたいな事してたとしても、気にしない?」


 館林みたいな事。



 ええと、暴力とか動物的確認とかじゃなくて、そういう事、だよね。

 いつだったかも訊かれた質問に苦笑する。


「気にしない。そりゃトールちゃんと、トールちゃんの相手が決める事でしょ」


 俺が口出しするのはお門違いだ。

 ある意味では生理現象だし、相手がいて盛り上がったなら、そういう展開だって有り得る。
 トールちゃんがと思うと、変な感じもするけれど、彼もまた人気がある人間なのは間違いない。
 潔癖症だとか、超生真面目だとか、何か理由があるようには見えないし、相手に困らないなら、それは此処では自然な事なのだろう。





 そこまで考えて、俺の中でひとつに繋がった事があった。



 ボディソープの香り。

 自室での制服姿。

 誤魔化すような、咄嗟の笑顔。



 そして、敢えて軽さを装った、今の質問。





 これらは『そういう事』をした後だったと指していたのでは?





 ──知り合って以来トールちゃんがそういった事を匂わせるのは、俺の知る限り初めてだったけど、この考えはすんなりと嵌った。

 昼休み以降にアレコレあったなら、LHRでの不自然な態度も納得である。
 放課前に寮に入れたっけ? とも思ったけど、記録が残るだけで言い訳は何とでも出来るだろう。


「モラルある交遊なら、個人の判断で良いんじゃないかな。……と、俺は思うよ」


 学園では本当に、男同士の恋愛が罷り通っているのだ。改めてそれを感じて、俺は慎重に今抱いた気持ちを言葉にする。


「そっかぁ…」


 俺の返事も予測済みだったはずだけど、トールちゃんも予想通り、さっきと同じ言葉を返した。





 ただそれは、安心したような悲しんでいるような、複雑な色合いを帯びた声だった。





 

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