沖田
3年Z組沖田総悟

『厄日』


「チャイナァ。俺はこの日を待ってたぜィ。今日こそ決着つけようじゃねぇかィ」

「望むところネ。私があんたみたいなガキに負けるわけないアル」

「へぇ、言うじゃねぇか。あとで吠え面かくテメーが楽、しみ、でィ!!」

  フルスイングしたバッドに神楽ちゃんの投球をカキンという気持ちのいい音を奏でて、見事打球に変えた総悟は、次々に守備を通り抜ける球を見ながら、バッドを勢いよく放り投げた。
  そのバッドがまたもや見事にネクストバッターサークルに控えていた土方君の顔面を直撃しようとお構いなしに、塁を回る。

「総悟ォォォォ!!てめっ、わざとだろ!?絶対わざとだろ!?待てコノヤロッ!!」

  そう叫び総悟を追いかけながら、土方君も同じように塁を回った。

「そんなとこにいる土方さんが悪いんでィ」

  ニヤニヤと確信犯の如く笑いながら走る総悟はなんとも楽しそうで。
  だけれど球を見ていなかったもんだから、当然慌てて拾いに行ったレフトからの送球で三塁手からアウトを取られてしまった。

「あーあ、何やってるんですかィ土方さん」

「てめぇのせいだろ!」

  確かに。
  本当なら今はLHRの時間なんだけど、こうして月に一度クラスの親交を深める為、教育の一貫だかなんだかでみんなで遊ぶこととなっている。
  で、今回は見ての通り野きゅ……

  私はさっきから傍らで一人聴いたことのある歌を振り付け付きで歌いながら、何やら理解出来ない行動をとっている上半身裸の桂に疑問の目を向けた。

「……ヅラ、あんた何やってんの?」

「ヅラじゃない、桂だ。見ての通り野球拳をしている」

「対戦相手は?」

「自分自身だ。人は誰しも自分に打ち勝ってこそ己を磨き上げられるのだ」

「あっそう」

  まあ、なんというか、つまるところ今日も平和な3Zです。

  私は私で木陰でジャンプを顔に被せ、居眠りをこいているだらしのない教師に溜め息を吐くべきか起こすべきか、見習って担任の授業だけ居眠りするべきか、どれが合理的だろうかと考えながらも、横隣りで近藤君が空を仰ぎ誰に言うでもなく言った言葉に耳を傾けていた。

「こりゃあ、そろそろ一雨くるな」

  顔に手をかざし、西を見れば確かに黒雲が迫ってきている。これは稀に見ない黒さだ。
  外れ確定の天気予報を恨みつつ置き傘の存在について私は自問自答を繰り返した。あったっけ?いや、なかったようなそうでもないような。


























  ああ、なかったよ。なかったとも。
  近藤君の予報は外れてくれたっていいものの、見事的中。おまけに豪が付いても納得出来るぐらいの土砂降り様だ。そりゃあ神様も鳴くってもんよ。
  自分の記憶力の皆無さに喝でも入れたいメランコリアな気分になりながら、この雨では誰かに入れてもらうわけにもいかず、教室で一人少なくても小雨になるまで雨宿りするしかなかった。
  そこで、どうしてみんなは傘があったのか、知りたくない?是非教えてあげようじゃないか。なぜなら今日は私にとって厄日の他何者でもないからさ。
  正直言うと朝は寝坊してしまい、テレビを見てはいない。勿論、天気予報を見る余裕なんてなかった。見たのは新聞の一面の端にあるものだ。昨日の新聞とも知らずに、ね。慌てていたんだから仕方ない。マヌケだなって思うんだった必要のなくなった新聞を出しっぱなしにしてた親に言って欲しい。そう、天気予報は外れてなかったんだ。外れてたのは私の頭のネジ。
  とにかく、その傘と寝坊だけでなく、他にも悲惨なことがあったけれど、思い出しただけでも惨めになるから言わない。誰だって自分の不幸話は喋りたくないでしょ?
  親に迎えに来てもらおうかとも考えたけれど、どうも今日は誰もいないらしい。電話を家にかけても携帯にかけても全く誰も出てくれない。ほら、絶対厄日だ。
  こんな日はじっとしておくのが一番。私はただぼうっと静かな教室で雨の音と音程がズレた吹奏楽部の演奏を聞いていた。
  そんな時、ガラリと引き戸を開けて誰かが入ってきた。薄暗いからあまりよく見えず、先生かとも思ったけれどシルエットからしてどうやらそうでもないらしい。
  声を掛けられて、初めてその人物が誰なのか判別出来た。

「何してるんでィ、電気も点けずに」

  この声と喋り方は今日野球ではしゃいでいた総悟しかいない。

「傘がないのよ。そういうあんたは?帰ったんじゃないの?」

「俺は忘れ物取りに来ただけでさァ」

  この土砂降りなのに、男の子はホント元気だ。私にもそのワンパクさを分けて欲しいね。
  電気を点けるもんだと思っていたけれど、総悟はそのまま自分の席に向かい机の中をあさり始めた。

「電気点けようか?見えないでしょ?」

  気を利かせてあげたのに、こいつときたらニヤリと笑ったかと思うと、

「お前、怖いんだろ?」

  図星を突かれてしまった。

「は?何が?怖かったら普通点けるもんよ」

  完璧に気付かれたわけでも、その確証はまだないはず。平然と装ってみたものの焦る一方で声が吃る。だけれどやっぱり気付かれてたみたいで、また不敵に口の端を上げると言ったんだ。

「怖いんだろ、雷」

  その瞬間、何万ボルトか計りたくもない稲妻が走り、ほんの一瞬教室を昼間の時より明るく照らし、間髪入れずに轟音が私の脳髄まで響かせた。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」

  なんとまあ女らしからぬ悲鳴をあげてしまったもんだ。けれど今はそれどころじゃない、耳を塞ぎ縮こまり蹲った。白状します、雷すごい怖いです、ホントに怖いマジで怖い地震雷火事雷だこんちくしょう。なんなら全部雷にしたっていいぐらいだ。蛍光灯を消してたのはそれが理由。だって落ちたらバチッて音するし最悪の場合割れるじゃない?
  総悟は何が楽しいのか、くすくす嘲笑って私の前にしゃがみ、

「もう大丈夫でさァ」

  そう言って塞いでいた手を耳から剥がそうともするも、またもや雷様野郎のお出まし。

「うぎゃぁぁぁぁ!!!」

  例になく叫びますよ、私。しかし、なんというタイミング。こいつ実は雷野郎の化身なんじゃないんだろうかとそんな疑問が出てきたとき、何かが頭の上に乗せられた。

「え?何、何?」

  訊いても答えはくれない。恐る恐る、耳から手を離しそれを取って見ると、総悟がいつもしているふざけたあのアイマスクだった。

「それしてれば見えねぇだろ?」

「貸して、くれるの?」

「今日だけでィ」

  ふいとそっぽを向くのは、やっぱり大事なものなんじゃないのだろうか。だけど願ってもない、申し出を拒むのは野暮ってものだ。私は一言お礼を言って、早速つけようとしたら、次は耳に何かを入れられた。それがウォークマンのイヤホンだと気付いたのは陽気な男の人の声がじゅげむじゅげむと唱えているのが聞こえ、それが落語だと理解したときだった。

「これも貸してやる。音量最大にすれば、音も聞こえねぇと思うから。多分」

  ドS、ドSとばかり思っていたけれど、こんな優しい一面もあるんだと傘を忘れて良かったなんて少しばかり思ってしまった。いや、元を辿れば寝坊して良かった、かな。

「ありがと、」

「面白いもん見せてもらったお礼でさァ」

  言って、悪戯そうに笑う。それはあのぎゃぁぁとかうぎゃぁぁとかでしょうか?こっちは面白くもなんともないってのに。恥ずかしいだけだ。まあでも、そのくらいならいいか。
  とにかく、あんな怖い思いをしたくない一心にアイマスクとウォークマンを音量マックスにしてイヤホンを付けた。うわ、結構うるさいな。
  総悟はもう帰るもんだと思ってイヤホンはまだ片方だけにし、いるであろう方を向いて、

「バイバイ総悟、ありがと。明日返すね」

と別れの挨拶を済ましたはいいけれど、このドS王子ときたら。

「何言ってんでィ。雨もましになったし、これなら傘一本でも大丈夫でさァ、一緒に帰ろうぜィ」

「いや、でも方向違うし」

  てゆうか、それじゃあ貸してもらった意味がないじゃないか。

「男が女を送るのは常識でさァ。ちゃんとエスコートしてやるから、ほら」

  そう、私の右手を取りしっかりと握り歩き出した。へぇ男の子の手ってこんなんなんだ、大きくて骨々してて……って何を言ってんだ私は。
  慌ててアイマスクを取って視界を良好にしようとしたけれど、それは総悟によって止められてしまった。

「付けとけよ。またいつ雷鳴ってもおかしくねぇから」

  ああそれは嫌だ。じゃなくて、

「この格好で帰れって言うの!?」

「だから俺がちゃんと家まで送るっていってんじゃん」

  そういう問題じゃない!こんな姿を近所の人に見られたら一体全体どうしてくれるんだ。明日から笑いもんだ。

「てゆうか私のカバン!」

「俺が持ってる」

  コノヤローいつの間に。きっと総悟はこのふざけた格好をしている私を心の中で笑っているに違いない。やっぱりこいつはどこまでいってもドSだ。優しいなんて思ってしまった自分が憎くて仕方ない。
  もう絶対拒否権は掲げられないのだろう。私の選択肢は諦めることしか既に残されていなかった。

「傘で出来るだけ私を隠してよね」

  雨なのが唯一の私の救い。

「へいへい、しっかり濡れないようにしますぜィ」

  くすくすと微かに笑い声が聞こえる。やっぱり楽しんでるよ、この人。

「笑わないの!こっちだって恥ずかしいんだから!」

「俺としては傘を差した方が余計恥ずかしいでさァ」

「……何それ?」

「いや、別に」

  相変わらず、くすくすくすくす。そんなに楽しいか、そりゃあ良かった。
  ああ、本当に今日は厄日だ。




END
*************
実はもう晴れてたり。

虹が出てて、総悟が笑いながらヒロインと手を繋いで帰るっていうのが書きたくて。でも結局、そんな描写一切なし\(^o^)/で、ホントはアイマスクしてるヒロインにキスするっていうシーン書こうとしたんだけど、ワンパターンなんでこれまたやめた/(^o^)\期待してた方すみません!(いないと思いますがι)
てか、総悟の喋り方ってこんなんでしたっけ?む、難しいでさァorz
あああああああ…ほんとすみません。もうしませんごめんなさい。

朱羽


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