3年Z組銀八先生

『相談』


「お、まだいたか」

ガラリと引き戸を開けて入って来たのは、教員らしからぬ銜え煙草がトレードマークな我らがZ組の担任様だ。
相変わらず、緩めたネクタイにチョークの粉で汚れた白衣を羽織っている。

「遅いじゃないですか、先生。もう帰ろうかと思ってたんですよ?」

「仕方ねぇだろ、こちとら職員会議っていう真っ当な職務をこなしてたんだからよ。そもそも呼び出したのはおめぇの方だろうが」

先生はそう言いながら、私が座っている前の椅子を引き、跨いで座った。

「で?なんだ相談って?」

いきなり切り出され、心の準備をしていなかった私はたまらず俯き、自分の手に視線を移す。
先生はそんな私を怪訝な顔で覗き込みながら、頭をポリポリと掻いた。
そして、いつまで経っても何も言わない私に痺れを切らしたのか、溜め息を吐いて、

「おいおい、まさか。出来ちゃいましたぁ先生、私どうしたらいいの?なんて言うんじゃねぇだろうな?ったく、これだから女子高生って言うのは……。避妊しねぇから悪ぃんだ。過ぎてしまったもんはしょうがねぇが、何もそんな若いうちからパンパン腰振らんでも、先生みたいな歳にもなれば…いや、最近歳のせいか元気ねぇからなぁ…もう一人の俺。まあ、アレだ。大体20代前半が全盛期だな、うん。そのぐらいだったら誰も文句は言わねぇから、思う存分腰振ってやれ」

「先生、セクハラって言葉知ってますか?」

ちっという舌打ちが聞こえた。
先生なりの場の持たせ方だったのかもしれないけれど、そんな冗談を笑えない程、今は真剣に悩んでるんだ。
八百万の神々に誓ってもいい。妊娠はしてない。そもそも相手がいないんだからしようがない。

「じゃあ、なんだ?受験生っぽく、成績のことか?大丈夫だ、いざとなれば小さい紙にだな……」

「違います」

て、あんた何カンニング方法を伝授しようとしてんですか。

「だったら何なのかさっさと言わねぇか。先生、早く帰ってドラマの再放送見たいんだけど?」

携帯灰皿で煙草をもみ消し、なんとも面倒くさそうな口ぶりだ。
相談する相手間違ったかも。こんなことだったら九ちゃんにでもするんだった。ああ、でもあの子のことだからきっと……。新八君に相談するのもアレだったしな……。かと言って他にまともな人がいただろうかと言われたらお終いだ。
そんな、悩みを抱えた者にとって全く優しくないのが、銀魂高校3年Z組なのだから。
……もうヤダ。全てが嫌になってきたのと同時に、目頭が熱くなり、止めようとしても止まらない衝動が私を襲った。
そうなると後は、身を任すしかない。

「…うっ…っく…」

「……は?」

顔をこれでもかっていうくらい歪めて、さも当たり前かのように大粒の涙を零して、幼児よろしく大声を張り上げた。

「…も、もうやだぁぁぁッ!!ひっく、うぅ、先生のバカヤロぉぉぉ!!…うぅ…」

「んだとコノヤロー。て、え?なんで泣くの?あれ?俺か?先生が悪いのか?」

「違うけど、そうだよ!ぅわぁぁん!」

いや、ホントにぅわぁぁんって泣いてしまったんだから仕方ない。

「どっちだよ!ああもう、悪かったから泣きやめ!この通り頭下げるから!」

そう言って1ミリも下げてない。
私は半ば自棄になりつつ、胸の内に溜まりに溜まっていたものを泣き声と共に吐き出していった。

「ひっく、なんなのよ、私は、うっ、どっちかって言うと醤油派なだけで、ひくっ、砂糖派なんて邪道だって冗談で言っただけなのに、うぅ、妙ちゃんが、妙ちゃんが、わぁぁん!」

先生は頭を掻きながら、

「なるほど、志村と喧嘩したってわけか」

私はこくりと頷く。

「で、何?その醤油派と砂糖派って」

「ひっく、卵焼き、ひっ」

「ガキか!なんでお前もそこで謝らねぇんだ」

「だって、だって、妙ちゃんの顔、うっ、すっごく怖くて、何も言えなかったんだもぉぉぉん!ぎゃぁぁ!」

いや、ホントにぎゃぁぁって泣いたんだって。
先生は、ああそれはわかるわ的な顔をすると、

「そんじゃ、明日朝一で謝れ!な?なんなら俺も一緒にいてやるから!はぁい、解決!」

なんとか私を泣きやませようとする。
でも、

「その朝が怖いんだよぉぉ!」

「なんでだよ!志村もそこまで引きずる奴じゃねぇって!」

「だから、醤油を入れて私が作ってきた卵焼きと、うぅ、砂糖を入れて妙ちゃんが作ってきた卵焼きをね、それをひっ、明日食べ比べてみようって…ひくっ」

「いいじゃねぇか、それで」

「違うの、妙ちゃんの作ったものはみんなかわいそうになるの!もちろん卵だって!先生も知ってるでしょ?あのかわいそ具合は!ああ!それを食べなきゃいけない私はなんてかわいそう!びゃぁぁぁ!」

だからホントに、びゃぁぁぁって言ったからね。

「結局自分かよ!普通は志村に謝りたいとかそんなとこじゃん!普通は!」

「ぴぎゃぁぁぁ!」

ホントにホントにぴぎゃぁぁぁって(略)

先生はいつまで経っても不快音を奏で続ける私を眉を寄せて、今生の願いというように、

「ああもう、わかった!わかったから!それは俺が食べてやる!それでどうだ?な?だから頼む!とりあえず泣きやめ!」

そりゃあラッキーだ、なんて思ったけれど、不謹慎なんで口には出さない。
私もこれ以上は目が腫れてしまいそうだから、泣きやみたいのは山々なのだけれど、たがが外れたみたいにどうしても出来ない。

「うぅ、と、ひっ、とまんないよぉぉ」

どうやったら止まるんだっけ?先生教えて。

「ったくよぉ、おい」

すると先生は私の顔面を両手で挟むようにしてガッチリと掴むと、

「は?」

勢いよく唇を私の唇に押し付けてきた。
ただただ、力任せに薄っぺらい先生の唇が圧迫する。

「んー!?んー!?んー!!んんー!!!!」

私は何が何だかさっぱり理解出来な……いや今理解した。何してんだコノヤロー!
とにかく無我夢中で、格闘技選手がギブアップする時のように、先生の肩をバンバン叩いた。やめろ。ギブだギブ!
そうして、私の手がヒリヒリしてきた頃にやっとのことで口の圧迫も顔の固定も解放してくれた。
ふぅ、助かった。じゃなくて、

「は?なんで?キスする意味が全くわからないんですけど?」

とりあえず頭は混乱且つカオスってところだ。
先生は、その頭をぽんぽんと優しく叩くと、

「止まっただろ?」

「へ?」

「涙」

あ、ホントだ。
緩み切ったままだった涙腺はいつのまにやら、締まっていた。ありえない事態が起こり、涙腺もびっくらこいちゃったんだろうな、こりゃ。
でもだからって、その止め方はないんじゃないですか?

「もっと他になんかなかったんですか」

「しょうがねぇだろ、俺だって慌ててたんだからよぉ」

決まりが悪そうな顔をしながら、煙草を取り出し火を点けて一服。
なんか一仕事終えた重労働者みたいだ。
しかし、よりにもよってこんな奴に唇を奪われただなんて、人生の汚点だわ。
まあでも、一回ぐらいならいいか。
なんて、自分の乙女心が廃れた思考になってしまったのは、いつも飄々とだらしない先生のあんな慌てふためく姿を初めて見てしまったのだからと思う。
何と言うか、まあ、どんな冗談よりも面白かったわけで、私は含み笑いを零してしまった。
すると、先生は、

「やっぱおめぇは笑ってる方が似合ってるな」

と優しく微笑んだ。


ああ、なんだ。こんな顔もするんだ。
私はもう一回泣いてみようかななんて、ほんのちょびっとだけ思ってしまった。


END
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テラカオス\(^o^)/

拍手お礼の学パロの延長線でやってみたかったんだ。
はい、すみません。もう二度とやりますん。


朱羽


あきゅろす。
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