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少年小説
俺が悪者?
「だ、から勅使河原先輩っ、なんで俺がラグビー部のお手伝いしなきゃなんないんすか!」
「なーに言ってんだ山田次郎はぁ。ラグビー部だぜ? 全校内が注目してるヒーローな俺の紅白戦だぜ? 俺がちっとでも気分よく試合できるよーに、協力するのが生徒会の勤めだろーが」
 んなわけねーだろ! と思いっきり怒鳴ってやりたいが、勅使河原先輩は思いっきりハイテンションだ。これが超不機嫌になってしまうかもと思うと、びくびくドキドキしてとても断れる感じじゃない。
 ううう俺のばかー俺のばかー、と何度も唸るが、勅使河原先輩はそんな俺の様子など気づきもせず、俺をぐいぐい引っ張って第一グラウンドへ連れてきてしまった(もちろん上履きは履き替えたけど)。
 今日第一グラウンドを使えるのは確かにラグビー部で、ラグビーのユニフォームを着て、なんかボクシングのヘッドギアみたいなやつ着けた体のでかい人たちがぞろぞろと試合の準備らしきことをしている。
「ようし、山田次郎。お前はそっちで一年たちと一緒にドリンク作れ」
「は!? お、お手伝いって、まるっきり雑用じゃないっすか!」
「なーに言ってんだ、雑用ってのは一番大事なんだぜ? アスリートをスポーツに集中させるのにゃぁな、そういう目立たないとこで選手を支える役ってのが絶対必要なんだ」
「そ、りゃそうかも、しれませんけど」
 だからなんでそれを俺がやんなきゃなんないんだよー、俺は生徒会庶務でラグビー部マネージャーじゃないんだぞー……と言いたいが俺の口はぱくぱく動くだけで声が出てくれない。
 そんなことをしている間に勅使河原先輩は「頼んだぜ!」と笑顔で親指を立て、試合に出る選手の人たちのところへ行ってしまった。うううー、と唸りながらも、やっぱり「一度引き受けたんだからちゃんとやんなきゃ……」という想いが湧いてきてしまい、俺はドリンク……ていうのかなんなのか、飲み物の準備らしきことをしている一年たちのところへ向かう。
「ええと……あの。俺、勅使河原先輩に、ここ手伝うように言われたんだけど……」
 ……答えが返ってこない。え? と思いつつ、もう一度大声でくり返す。
「勅使河原先輩に、ここ手伝えって言われたんだけどっ!」
 やっぱり答えは返ってこない。ていうか、これって、確実に、意図的にシカトされてる……よな?
 ええーなんでなんで俺のが一年よりは学年上なのに、とおろおろうろうろと一年たちの周りをうろちょろする。でも一年たちはまるっきりこっちを無視して作業を続ける。
 ううう、と俺はへこみそうになったが、それでもきっと顔を上げる。俺は二年だ、こいつらより年上なんだ。それに、一方的にとはいえ一度勅使河原先輩から引き受けたんだ、ちゃんとやらなけりゃ! と自分に言い聞かせて、気合を入れてがっしと一人の一年の肩をつかんだ。
「あのさぁっ! 無視しないで、ちゃんと話聞いてほしい……ん、だけ、ど……」
 最初勢いのよかった俺の声は、ひゅるひゅると減速した。相手がすごい目でこっちを睨んでたからだ。
「あ、の……さ……」
「山田先輩って、主将のどんな弱味握ってるんすか」
 睨みながら言われた言葉に、一瞬呆けてしまった。
「……は?」
 それをきっかけにして、それこそ堰を切ったように周囲の一年たちが俺に言葉をぶつけてくる。
「いっつもいっつも勅使河原主将のこと独占して。主将は、そりゃ体育会の会長でもあるけど、それより前にラグビー部の主将なのに」
「主将はナンバーエイトでラグビー部で一番の戦力なんだから、練習も人一倍しなくちゃいけないのに。学校にいる間は山田先輩にかまってばっかりで」
「そのあと主将、一人だけで練習してるんすよ? 睡眠時間削って。アスリートに睡眠時間がどれだけ大切かわかってるんすか?」
「それだけでも問題ありすぎだってのに、部活の真っ最中にまでついてくるなんて。なに考えてるんすか、自分がなにしてるか考えたことあるんすか?」
「え……ちょ……」
 一年たちはよってたかって俺を睨みつけ、不満をぶつけてくる。俺はもうひたすらおろおろとその言葉を受け止めるしかなかった。
 だって、ちょっと待ってくれよ、俺ここに引っ張ってきたのは勅使河原先輩で、俺は来たいなんて一言も言ってなくて、っつーか来たくないって思ってたのに、それを無理やり勅使河原先輩が引っ張ってきたのに。
『……なんで俺が悪者みたいな空気になってんだよぉ……』
 俺はかなり泣きたくなってぎゅっと唇を噛み締める。実際に泣きはしないけど、勅使河原先輩に思いきり文句を言ってやりたい気持ちだった。先輩が考えなしなせいで俺が一年に因縁つけられてるんですよ! って怒鳴って殴ってやりたい……絶対できやしないけど。
 と、怒鳴り声が響いた。
「おい、一年! なにやってるっ!」
 とんでもない迫力の堂間声に、俺は(のみならず一年たちも)びっくぅと身をすくませた。グラウンドの方から体のでかい人(たぶん副主将さんだと思う)がどすどすと近づいてくる。
 その人はぎろりと一年たちを睨み回してから、「お前らこっち来い」と低く言って半泣きの一年たちをグラウンドの隅に連れて行く。俺もほとんど半泣きになってたんだけど、そこにぽんと肩が叩かれた。
「悪いな、山田。うちの主将のせいで嫌な思いさせちまって」
「あ……」
 名前までは覚えてないけど、体育会関係の仕事の時に何度か顔を合わせたことのある先輩が、苦笑を顔に浮かべて俺を見下ろしていた。
「なんつうか……勅使河原はナンバーエイトっつう重要なポジションの、才能ある選手でさ。一部じゃうちを花園まで連れてったのは勅使河原だっつぅ奴もいるくらいだから、まぁラグビーやる下級生とかにはヒーローなわけよ。だからさ……」
「はい……」
 ナンバーエイトだとか花園だとか、なにを言ってるのかよくわからないところはあったけど、なにを言いたいのかは俺にもわかった。
 つまり、あの一年たちは主将にやたらかまわれる俺に嫉妬してたんだ。……勅使河原先輩がそこまで想われるような大した人だなんてこと、考えたことなかったけど。
「まぁ気にするなよ。悪いのは勅使河原なわけだし。なんのかんのでやることやってるから、部内の雰囲気が悪くなってるわけでもないしさ。まぁ部内でいちゃつかれても困るけど、心配しないで勅使河原と……」
「いっ、いちゃつくってなんすかそれっ!」
 思わず叫ぶと、先輩はきょとんとした顔になって首を傾げてみせた。
「え……いや、だって。お前と勅使河原って……」
「別にいちゃつくとかそーいう妙なこととか全然してないっすから! ……ただ、俺が、いっつも勅使河原先輩にお仕置きされてるだけで」
「え……えぇー?」
 困惑したような声を上げて、先輩は俺に訊ねてきた。
「お仕置きって……なんで?」
「……体育会の仕事とか、やたらめったら押しつけられて。そんで、もしミスがあったらお仕置きされるんです」
「はぁ……? 仕事押しつけられるって、そんなもん断っちまえばいいだろ?」
 う、と俺は言葉に詰まる。そりゃそうだけど。そりゃそうなんだけど。ううう、断ればいいとか簡単に言える人は頼み断れない奴の気持ちなんてわかんないんだ。
「断り……きれなくて」
 それだけ言ってしょぼんとうつむく俺に、その先輩は気遣うような声をかけてきた。
「なら、別にもう帰ってもいいぞ。勅使河原には俺から言っとくから」
「いえ……一度引き受けた、ことですし。最後までちゃんと、やります」
 そう俺が首を振ると、その先輩は苦笑して言った。
「じゃあ、頼むわ。このジャグにもうドリンク入ってるから、ボトルに分けてくれ」
「はい」
 ……と言って一年たちがなんかやってたのに向き直ったのはいいんだけど、そもそもジャグってなんだろう。
 ボトルっていうのはこっちの、いかにもスポーツドリンク入れるやつっぽいのだよな……なんかもう何十本もあるんだけど。これにドリンクを入れるんだよな? ドリンク入ってるの入ってるの……ああ、このバケツみたいなやつか!
 などといろいろ戸惑うこともありつつも、俺はひたすらにボトルにドリンクを詰める作業に没頭する。早く終えて早く帰っちゃおう。なんだかグラウンドの方が騒がしいけど、そんなの気にしてる暇ない、今はとにかく作業に集中。

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あきゅろす。
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