[携帯モード] [URL送信]

少年小説
先輩との出会い
 俺の通う私立雨上(うじょう)学園は、中高一貫の男子校だ。名門というほどじゃないけど付属の初等部なんかもあるし、なにより部活動や生徒会活動が活発なのでここらではけっこう評判がいい。
 なので校内では生徒会、体育会、文化会、三つの勢力争い……ってほどでもないけど、議論とか予算争いとかそういうのが激しくて、深刻なものじゃなくても喧嘩騒ぎなんてのもあったりする――というのを知ったのは、俺の場合入学してすぐだった。
 なぜなら俺の従兄(名前は大川茂っていうんだけど)が生徒会の副会長だったから。茂兄ちゃんが通ってたからこの学校を薦められたんだけど、入学式が終わるやその足で生徒会室に連れてこられて、「こいつ生徒会の庶務にしますから」って言われた時、俺は茂兄ちゃんが最初からそのつもりでここを薦めたのを知った。
 兄ちゃんの卑怯者ー! と言いたくとも言えずにおろおろしてると、茂兄ちゃんはにっこり笑って言ってきた。
「まさか庶務もできないわけないよな、次郎?」
 そう言われたら俺はつい胸を張って、「できるよっ?」と言ってしまっていた。
 ……そう、俺にはそういう悪癖がある。基本的に気が小さくて優柔不断で、そのくせ見栄っ張りなもんだから頼まれたらついつい断れないっていうとこが。
 茂兄ちゃんは当然それを知ってて、ここぞという時にはそこらへんを突いてくる。結果、俺はそれに見事に引っかかり、一年から生徒会でこき使われることになってしまったわけ。
 別に部活とかなにかしたいって思ってたわけじゃないけど、一番下っ端で(一年経った今でも当然一番下っ端なんだ、役職持ってる人は一番下でも中三なんだから)こき使われてる現状には、正直けっこう思うところがあった。
 けど、それはまぁいいんだ。なんのかんの言いつつ、先輩たち親切だったし。いろいろ便宜図ってくれるし。先生たちにも親にも生徒会の手伝いしてるって受けがいいし。
 ものすごくよくないのは、半年前に出会った、この人――体育会会長にしてラグビー部主将の、勅使河原宗義(てしがわらむねよし)先輩だった。
 第一印象からしてかなり最悪だった。半年前、最初の会議でずかずか会議室に入ってきた勅使河原先輩は、ものすごくでかい声で怒鳴るように言ったんだ。
「体育会会長を拝命した、勅使河原宗義だ! 俺が会長になったからには、軟弱な文化会なんぞに予算はやらねぇからな、覚悟しとけよ!」
 俺は思わずびっくぅ! としてしまった。勅使河原先輩ってただでさえ体がでかいから威圧感があるのに、声めちゃくちゃでけぇんだもん。気の小さい俺は、そういうやかましい人というのは苦手なんだ。
 それから勅使河原先輩は会議室を見渡して、俺に目を留め(俺は思わずえっ俺!? とびくっとしてしまった)、眉を寄せて茂兄ちゃん(茂兄ちゃんは会長に順当に当選した)に言った。
「おい大川、なんだよそこのチビは。なんでこんなとこに一年坊主がいるんだ? いや制服着てても小学生にしか見えねぇけどよ」
 俺はむっかぁ、ときた。チビって。小学生って。そりゃ俺はあんまり背がでかい方じゃないけど、先輩が後輩にそーいう言い方していいのかよ?
「ああ、彼は生徒会の庶務だよ。俺の従兄だっていう縁でスカウトしたんだ。きれいな字を早く書くのがうまいから、手書きの議事録作成を任せてる」
 そう、この学校ノートPCでデータ議事録も作るんだけど、余裕があれば手書きのものも作っておくべきっていうのが伝統なんだ。データだと気軽に読めない人間がいる、とかで。
「ふーん……名前は?」
「山田次郎」
「山田次郎ぉ!?」
 勅使河原先輩は素っ頓狂な声を上げて、大声で笑い出した。
「マジかよ、山田で次郎!? そんな名前の奴マジいんだなー! いっや今時山田で次郎はねーだろ、ありえねーよフツー! うっわーマジ受ける、ぶっちゃけそこまでできすぎてると引くわー!」
 俺はがーん、とショックを受けた。名前。俺のひそかなコンプレックスの名前を、全力で馬鹿にした。
 山田次郎。このむしろ珍しいほど平凡な名前に、ガキの頃は何度も悩まされた。同級生の奴らからはからかわれるし、「山田次郎のくせに!」とか言われるし、あと特に嫌なのが学年上がった時だ。先生の中にも名簿見て名前見たら噴き出す奴とかいんだぜ? 信じられるか?
 こんな名前をつけた親を何度恨んだことか(ちなみに俺の兄弟は妹が一人。上に兄弟いないのに顔見て『この子は次郎って感じの顔』ってつけたんだぜ? マジありえねぇ)。今ではそのくらいなら笑顔でスルーできるくらいには人生経験積んでるけど、でもやっぱり平気になったわけじゃない。
 だから、真正面から全力で思いっきり馬鹿にされたのはすっげームカついて、でも先輩だから怒鳴るわけにいかないし(それにこの先輩怖いし)、うううう、とこっそり唸りながら恨みがましく勅使河原先輩を見た。
 と、なぜか勅使河原先輩は、お? という顔をした。ちょっと驚いたみたいな、意外そうな。
 それからちょっと考えて、ふふん、と面白がるような顔をして、俺にずかずかと近づいて言ったんだ。
「おい山田次郎。ケー番交換しようぜ」
「え……はぁ!?」
「ケー番だよケー番。まさか携帯持ってねーとか言わねーよな?」
「え……いや、あの、持ってます、けど……」
 うちの学校は携帯の所持可だ。授業中はもちろん電源切らないとダメだけど、休み時間ならメールも通話も迷惑にならないとこならオッケーだったりする(すごく校則緩いんだ、うち)。
「よし、ならとっとと出せよ。通信通信」
「え、あの、そーじゃなくてその……なんで、俺と……?」
 その問いに、勅使河原先輩はにやり、と嬉しそーに笑って言いやがった。
「だって『山田次郎』って名前の奴電話帳に載せてみてーじゃん?」
 ……このやろう、と俺はこっそり拳を握り締めてしまったが、相手は先輩だし、体でかいし、断ったら怒り出しそうで怖いので、渋々番号とアドレスを交換したのだった。
 もちろんかける気なんかなかったし、向こうからだってかかってこないだろうと思ってた、のに。
 先輩は何度も何度も電話をかけてきて、のみならずメールもしてきた。しかもしょっちゅう俺を呼び出した。
 体育会の用事で頻繁に俺を使って、ああだこうだと注文をつけて、そしていつの間にか俺は生徒会で体育会関係の仕事を一手に任される状態になってしまっていた。今でもまだ中二でしかないのに。
 当然ながら俺の処理能力で全部さばけるわけがなくて。俺はなんだかんだとミスをすることが多かった。
 そしてそのたびに俺は、お仕置き≠ウれるのだ。勅使河原先輩に。


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!