少年小説
大好きだから
「…あら?随分早いわね?」
玄関で僕を迎える冴子さんはそれはそれは着飾っていた。
…実家に帰るのにそれかよ…とは思ったが黙っといた方がいいだろう。
「う〜ん、じゃあちょっと早いけど、私もう出ちゃおっかな!」
腕時計を見ながら、鼻歌混じりに荷物の入ったカートを引っ張っていく。
「ちょっ、冴子さん!和馬は?!」
「ん?まだ部屋で荷造りしてるんでしょ?」
…そういうことじゃなくて…
頭を抱える俺を尻目にヒラヒラと手をふりながら
「じゃ、よろしく〜」
コツコツというハイヒールの音と共に去っていった。
なんか…怒る気力も失せるな…
とにかくもうあれはどうでもいい!問題は和馬だ!
和馬の部屋は2階の奥。南向きの部屋で陽当たりのいい部屋だ。ドアには和江さんが作った「KAZUMA」というローマ字入りのトールペイントが紐でかけられている。
ドアはわずかに開いていた。
静かに部屋の中を覗き見る。
その瞬間ゾッとした。
和馬は荷造りするようの鞄の前で人形のように微動だにしなかった。
顔は無表情で、ただ、目からポロポロと涙が落ちていた。
たまに鼻をすする音だけが聞こえる。
…これがこの年齢の子供がする顔か…?!
違う!
絶対に違うっ!
そう思うともう自分の体が動いていた。
ドアがバンッと音をたて開く。
ハッとしてこちらを向こうとする和馬を後ろから抱き締めた。
「え…あ、し…真にいちゃ…?」
目を白黒させながら状況を掴もうとしている和馬をさらにギュッと抱き締める。
違う!
今はそんなことをしなくていい!だから…
「…我慢しないで声あげて泣いて?」
「!」
俺の方を向きながら見開かれた和馬の目。
俺は続けた。
「…和馬がみんなのこと考えて我慢するのは偉いことだよ?…でも和馬だけが我慢する必要はないんだよ…?」
和馬の手が俺の服の胸元を恐る恐る掴む。
「俺は和馬にわがまま言われたいよ…?」
「…な、なん……で」
和馬の言葉に笑顔で答える。
「和馬が大好きだから…」
俺の言葉を聞いた直後、見開いていた目からどっと涙が溢れてきて、顔がくしゃと歪む。そっと頭を抱えて胸元に抱き寄せる。
「うっ、ううう、うぅ…」
普通の子からしたら相手にならない程の小さな嗚咽だった。
でも長い間声を殺して泣き続けた和馬には精一杯の泣き声だった。
満足するまで泣いて…?
和馬の背中をさすりながらそう願った。
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