あの月を見るたびに君を思い出すよ
九弁前提。弁慶←ヒノエ



「九郎…今頃、どうしてるかな。」


分かたれた温もり。
二度と、想い人に触れることは叶わない、見えない隔たり。

神子と共に、身の安全を考えて、九郎は見たこともない遙かなる時空を越えた。

広い闇にうっすらと雲に覆われて浮かぶ、臥待月を見上げる。

今宵は、随分と遅くまで起きている気がする。

「体調を、崩していなければいいんですが…」

機械的に、手元にある薬草を分別していく。

離れて気づくこと。
離れてみないと気づかないこと。

たくさんあった。

後悔しても、もう逢えないのに。

無意識に、視線で彼を探してしまう。
迷子になった、幼子のように。

「あんた…こんなとこにいたの?」

「っ、ヒノエですか。どうしたんです?こんな夜更けに。」

背後から馴染みの気配がして、振り返る。

「ちょっと様子を見にね。」

主のいない、六条堀川の邸。
主がいた時に与えられた一室で、弁慶は薬草を煎じていた。

場所なんてどこでもいい筈なのに。

ここからは、離れがたくてどうしても居座ってしまう。

訪れた理由が抽象的過ぎたため、ぽかんとした情けない表情を見せる。

「様子って、誰の…」

「あんた以外にいると思う?九郎が居なくなって随分経つけど…あんた、いつまでも未練ありって顔してんだから。」

想い人の名に肩がぴくん、と揺れ軽く目を見開く。

かぁっ、と顔に熱が集まる。頬がほんのり桜色に染まった。

「それは、長年共にした大切な友として…」

「オレが気付かなかったわけないだろ。オレがあんたを思う気持ちと、あんたが九郎を思う気持ちは似て異なるかも知れない。でも、想い焦がれるのは同じだと思うけどね。」

年下の、しかも自分の甥に諭されて弁慶は作業の手を止めた。

「隠しても、君の前では意味を成さない、か…九郎を、心から好いていますよ。男だから、ではなく九郎だから、好き。」

「だったらなんで…」

…―なんで、一緒に行かなかった?

ヒノエは途中で口を噤む。琥珀の瞳が、ゆるゆると悲しげに揺らぎ、閉じられた唇が微かに震えていたから。

まるで、時折薄雲に見え隠れされる、今宵の月の如く。

ふと見上げてきたその目には、語ることを許さない強い翳りがあった。




あの月を見るたびに君を思い出すよ

  __Present by 沙梛雅樺水__


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