4 樹-いつき-


一つの宿を拠点とした。
いくつもの村や街を巡り歩き、様々な出来事に出くわしたことも数知れず。

朝の宿は慌ただしい。
厨房から、宿の主人・湛快が両手に料理が盛られた皿をバランス良く持って各テーブルへと運んでいく。

「おじさん、つまみ頼む。」

「ここは飲み屋じゃねぇ!!ったく、ちょっと待ってな。」

「湛快、俺はお前を愛してるぜー。」

「男に言われても気持ち悪いだけだ!」

軽快なやり取りが行われながら、先ほどから始終笑いが絶えない。

「皆、元気がいいのだな。」

そんな賑わいとは少し離れた場所に、九郎とリズヴァーンは陣取っていた。

「うむ。元気があるのは、いいことだ。」

リズヴァーンの目元が、やんわりと和らげられる。



九郎が意識を取り戻して六日目。板のように固くなってしまった体を解すため、宿の食堂へと来ていた。

九郎とリズヴァーンが座るテーブルの上で、白龍が耳をそば立てている。

時折、首を傾いでは片足で器用に首回りをカシカシと掻き、可愛らしい仕草を見せてくれる。

グラスを手に取り、冷たい水で乾いた喉を潤す。

そして、漸うと主人が両手に料理が盛られた皿を持って、九郎たちのテーブルへと運んできた。

「待たせて悪かったな。詫びに一品追加してやるよ。」

「主人…ありがたく頂こう。」

「気にすんなよ。俺の気持ちだ。」

湛快と呼ばれた主人は、九郎の肩をポンと手で叩いて人の好さそうな笑みを目元や口元へ刻む。

その手が白龍の首元へ向いた。ぴくんと震えるも撫でられ、気持ちよさそうな目をした。

きゅうと小さく鳴く。湛快の手に頬を擦り寄せて甘える。

「ゆっくりしてきな。宿代は安くしてやるから、好きなだけ居候するといい。」

「恩にきる。」

厨房から湛快を呼ぶ声が聞こえた。恐らく、女主人だろう。

「なんかあったら呼べよ?」

彼は肩を竦めていそいそと奥へと引っ込んだ。

九郎は感謝の念が絶えない、とばかりにふわりとはにかんだ。

その後ろ姿を見送り、暖かそうな湯気をたてる料理に、手をつける。

心のこもった手料理の数々。空腹などあっという間に満たされてしまうほど、美味だった。



食事を終えてのひとときに、思考を飛ばした。

頬杖をつきながら、今までのこと、これからのことに意識を寄せる。

「そういや、また出たみたいだぜ?」

「あん?例のアレのことか?」

腹が満たされているため、軽く船を漕ぎそうなころ、九郎の後ろに座っていた男たちの会話で気を取り戻した。

「おう、なんでも恨みがこもったような眼で睨まれたとか。」

「ひぇ〜、そりゃ恐ろしいな。」

「おれらも気をつけないといけねぇな。」

漏れ聞こえる会話。それは、己が求めている情報ではないのか。

そう思った九郎は、じっと押し黙って耳を傾ける。

「まったくだな。金髪で琥珀色の瞳を持つ奴は、不吉だからな。会いたくねぇよ。」

男たちの言葉通り、その姿を思い浮かべる。九郎の意識が覚醒する。

白龍は不思議そうに首を傾ぐ。

心が、揺さぶられる。

(本当に、あいつなのか?…教えてくれっ!)

居てもたってもいられず、振り返った。

客たちは九郎の突然の行動に、気を取られビクッと身を震わせる。

「それは、本当なのか。今の、話は…」

「あ、ああ。実際に見たやつの話だ。嘘はねぇ。」

深い闇が靄となりて心を覆い隠す。まるで、月夜のない曇り空のように。

「行くぞ、九郎。客人、騒がしてすまなかった。」

ガタっと音をたてる。リズヴァーンは白龍を己の肩に乗せ、試行錯誤している九郎を尻目にテーブルへと路銀を置いても店を出た。

魂が抜けたように、のろのろと九郎は体を動かす。

どうしても、会いたいと願ってしまう歌人の姿が、頭から離れない。

「旅人さん、一つ言っておくぜ。アレには関わらねぇほうがいい。道中、気をつけな。」

なぜ、生きとし生ける者を貶めるような物言をするのか、九郎には理解し難かった。


逢わなければ、話をしなければと、気は急くばかりだ。







あきゅろす。
無料HPエムペ!