第漆夜



朝日が昇り、人間(ヒト)が活動を始める時刻。


吸血族の住まう館では、二つの種族が両立して生活している。


夜の種族の館の廊下は、背筋が凍えそうなほどにシンと静まりかえり、夜の到来に備えているのだ。


閑静の中、ヒタヒタと廊下を歩む一つの影。


目的があるのか、覚束ないながらも迷いのない足取りで突き進んでいく。


表情の乏しいドールは、ついっと視線を窓へと向けた。


陽が昇り始めて間もない明かりが、柔らかく廊下を照らしている。


―…まぶ、しい…―


呟いたつもりが、息だけが零れ人気のない廊下の空気へと溶けた。


弁慶の足は一つの部屋の扉の前でぴたりと止まる。


どうしてか震える手で、3回扉をノックする。


「ひのえ…まだ、起きて…ます、か?」


にわかに、部屋の主から返答がくる。


「遠慮しないで、入ってきていいのに。」


ぎぃー、と廊下と部屋を隔てる扉が開かれた。


現われたのは、少年の姿をした吸血鬼であり、己を救ってくれた恩人。


太陽の中心を思わせるように紅い髪に、緋色の瞳に見つめられてしまえば離せなくなる。


唇を固く閉ざして固まった弁慶の姿を確認すると、体の芯から蕩かされるような甘い微笑みで更に視線が釘付けになり。


トクン、


ドクン、


と胸が痛いくらいに高鳴る。


「ねむって、いるかと…思い、ましたから。」


「さっきまで寝てたよ、でもね…お前がくるような気がしたから。」


先読み?


違う。


では何?


いえ、分からないけれど


この感情は、一体…


心が、息が苦しくなる。


感情が、先を行ってしまう。


「お前は、本当にどこぞの姫君より愛くるしいよ。」


囁かれた言葉に、また心臓がうるさく跳ねて。


突っ立ったままの弁慶の腰には、逞しいとは言えないものの男の腕が回り。


硬直した体は簡単に抱き寄せられて、背後でパタンと扉の閉まる音を聞いた。


「あっ…ひ、のえ? ん、ぅ…」


思考すら停止した。


鼻先にはヒノエの顔があり、唇には何かが触れていて呼吸の仕方を忘れたかのように呆然と見つめた。


柔らかい何か。凍結が解凍に向かえば耳まで真っ赤に染まりあがり、口唇がヒノエの柔らかいそれで塞がれていた時はすでに遅し。


角度を変えてより深く交わる。慣れないキスなはずなのに、鼻に掛った甘い吐息が抜けていく。


抵抗という言葉すら忘れ、ただされるがままに受けて初めての接吻に、思考は酔い痴れた。


板に背中が張り付けられ、逃げ場は用意されていない。


弁慶は、無意識の中で熱い何かが体の奥深くから湧き上がるのを感じた。





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