「全く、おまえには驚かされてばかりだね。一本取られたよ。」


ヒノエの腕の中に収まったまま、向き合うよう姿勢を変えた弁慶。


二人のあまりの呆け面にきょとんとする。


そんなあどけない仕草にさえ、ヒノエの心が揺さぶられた。


「ずっと、オレだけを見つめてくれたら嬉しいんだけどね。」


両手で弁慶の頬を包み込み、まぐわいの時のような甘ったるい声で言の葉を紡ぐ。


「ヒノエ、べんけいが困っているぞ。そんなことばっか言ってないで、二人で外に出てみたらどうだ?」


体の芯から熱を持ちそうな声に、九郎の心身は震え嫉妬という見えない糸に絡め取られた。


複雑げに表情が歪みつつ、心のチクチクとした痛み耐えながら小声で苦言を告げ。


続く弁慶の一言に、思いが挫けた。


「ぼくは、ひのえといっしょが、いいです。」


「っ、勝手にしろ!!」


見たくない光景から目を背け、強い口調で言い放ち。


九郎の瞳が潤み寂しさと恨めしさを抱きながら、二人の前から消えた。


一瞬だった。


気がついたときには、ルームの窓が半開きになり外から入る風で、カーテンが危なげにゆらゆらと泳いでいる。


「…九郎、なに怒ってるんだ?」


震える手が、ヒノエの服の裾を掴む。


哀れに苛まれる中、いなくなってしまった従兄から可愛らしいドールへと意識を向けて。


「いっしょが、いいです…ひのえと、いっしょが…いい」


目の前で震えるドールの言葉が、果たして真意なのか。


ヒノエには分からない。ただ、空気に紛れて消えてしまいそうな存在を、しっかりと抱きしめて。


蜂蜜色の前髪で隠された額を片手で晒し、優しい口づけを贈る。


「心配しなくても、離してやらないよ。ずっと…」


どうすれば、安心するのか。手探りで言うと、ようやく体から力が抜けていくのが分かった。


じわじわと、ヒノエに心を開いていくドールには、恩人という言葉では語れない淡い感情を抱き始める。


相変わらず半開きの窓の外では、椿の一枚一枚がひらひらと舞う。


今宵は、月明かりの乏しい、曇り空。







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