六
「全く、おまえには驚かされてばかりだね。一本取られたよ。」
ヒノエの腕の中に収まったまま、向き合うよう姿勢を変えた弁慶。
二人のあまりの呆け面にきょとんとする。
そんなあどけない仕草にさえ、ヒノエの心が揺さぶられた。
「ずっと、オレだけを見つめてくれたら嬉しいんだけどね。」
両手で弁慶の頬を包み込み、まぐわいの時のような甘ったるい声で言の葉を紡ぐ。
「ヒノエ、べんけいが困っているぞ。そんなことばっか言ってないで、二人で外に出てみたらどうだ?」
体の芯から熱を持ちそうな声に、九郎の心身は震え嫉妬という見えない糸に絡め取られた。
複雑げに表情が歪みつつ、心のチクチクとした痛み耐えながら小声で苦言を告げ。
続く弁慶の一言に、思いが挫けた。
「ぼくは、ひのえといっしょが、いいです。」
「っ、勝手にしろ!!」
見たくない光景から目を背け、強い口調で言い放ち。
九郎の瞳が潤み寂しさと恨めしさを抱きながら、二人の前から消えた。
一瞬だった。
気がついたときには、ルームの窓が半開きになり外から入る風で、カーテンが危なげにゆらゆらと泳いでいる。
「…九郎、なに怒ってるんだ?」
震える手が、ヒノエの服の裾を掴む。
哀れに苛まれる中、いなくなってしまった従兄から可愛らしいドールへと意識を向けて。
「いっしょが、いいです…ひのえと、いっしょが…いい」
目の前で震えるドールの言葉が、果たして真意なのか。
ヒノエには分からない。ただ、空気に紛れて消えてしまいそうな存在を、しっかりと抱きしめて。
蜂蜜色の前髪で隠された額を片手で晒し、優しい口づけを贈る。
「心配しなくても、離してやらないよ。ずっと…」
どうすれば、安心するのか。手探りで言うと、ようやく体から力が抜けていくのが分かった。
じわじわと、ヒノエに心を開いていくドールには、恩人という言葉では語れない淡い感情を抱き始める。
相変わらず半開きの窓の外では、椿の一枚一枚がひらひらと舞う。
今宵は、月明かりの乏しい、曇り空。
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