伍
ドールを拾って早一週間。
弁慶と名乗った人形は館にいる吸血鬼と、馴染み始めていた。
あくまで見た目だけだが、微笑程度は浮かべるようになっている。
そんな、ささやかな変化がヒノエには嬉しかった。
「ひのえ。」
片言で名前を呼ばれては、背後から腹部へとするりと腕をまわして抱きしめる。
「なんだい?」
「くろうとあつもりは、どこですか?」
「敦盛はあいつの入れにいるよ。お互いに、あんまり外に出られないからね。なかなか会えないんだ。九郎は…」
蜂蜜色の髪を愛でるように撫でながら、続けようとした途端にルームの扉が開いた。
「俺ならここにいる。呼んだのか。」
話題の人物、九郎が長髪を揺らしながら二人の前に歩み進める。
「くろう。けいこは、終わりましたか?」
うねる橙色の髪はしっとりと濡れ、風呂上がりだということを教えてくれる。
拙い紡ぎが、二人の耳朶を子供のように擽り、ヒノエはくすっと笑った。
「ああ、湛快殿と手合わしていい汗を流したぞ。」
「妬けるねぇ。姫君は、オレの心配はしてくれないみたいだね。」
「ごめんなさい。でも…」
途切れてしまった愛らしい声。
どこか躊躇している様子に、ヒノエの心は天秤のように微かに揺れ動く。
だからこそ、続きを聞きたいという欲求には勝てないのかも知れない。
「でも何?」
困惑気味に寄せられ柳眉が、どことなく悩めかしい。
「べんけい?ねぇ、オレに教えてくれるだろ?お前の、その可愛らしい声で聞かせてよ。」
弁慶の耳朶が、淡い桜色に染まる。
「っ…ひのえが、はなして…くれない、からです。」
ようやく紡がれるも、弁慶の声があとで尻すぼみになっていく。それに比例して耳から赤みが広がり頬まで到達した。
見ていて飽きない、可愛らしい反応に、ヒノエは意外だと言わんばかりに目を瞠った。
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