弐
…−どうして、ここに居るのか、わからない−…
体の節々が痛み、キシキシと悲鳴を上げ。
闇が辺りを支配していた。
刻も宵をとうに過ぎ去っている。
宇宙(そら)に浮かぶたった一つの、紅の月は、まるで血で染められたように、赤い。
「おら、少しは泣いたらどうなんだ!」
「ちょっと待て。こいつ、結構な女じゃね? 売り飛ばせば金になる。」
道端に転がされた、少女ともいえるドールの身体は、所々に掠り傷を負っていた。
意識のない人形は、複数の男たちに、好き勝手に梛ぶられていく。
ふいに、風が凪ぐ。
月の周りの雲が、緩やかに流れ。
途切れては寄り添う。
眩い光を背に、二つの人影。
空に浮かぶ吸血族に気付いた男の一人は、今まで弛んでいた頬が一気に固く強張っていく。
「あんたら、そいつを置いてきな。じゃないと、どうなっても知らないぜ?」
少年の冷え冷えとした声が、脊筋を容易く凍らせてしまう。
「ひっ、に…逃げろっ!!」
バタバタと、静かな街道に足音が嫌に響き。
逃げ去っていく無様な様子を、ヒノエは冷めた紅い瞳でじっと見つめる。
「全く、野蛮な野郎だね。華麗な姫君は大切にするもんだろ。」
呆れるしかないと言わんばかりに、紅い口唇からは甘やかな吐息が零れ。
黒い衣を翻し、身動き一つせぬ仰向けのドールの傍に降り立つ。
「…ヒノエ…お前は連れ帰るのか?」
「九郎は、姫君をここに捨て置けるのかい?」
「お、俺には出来んぞ!」
「だろ?」
むっと頬を膨らませて詰った九郎の言葉を、軽やかに返す。
身を屈め、ドールを優しく抱きあげ。
「さぁ、姫が目覚めるまで、愛を語り合おうか。」
館に到着したころには、東の空が、うっすらと明るみ始めていた。
無料HPエムペ!