…−どうして、ここに居るのか、わからない−…



体の節々が痛み、キシキシと悲鳴を上げ。


闇が辺りを支配していた。


刻も宵をとうに過ぎ去っている。


宇宙(そら)に浮かぶたった一つの、紅の月は、まるで血で染められたように、赤い。





「おら、少しは泣いたらどうなんだ!」


「ちょっと待て。こいつ、結構な女じゃね? 売り飛ばせば金になる。」


道端に転がされた、少女ともいえるドールの身体は、所々に掠り傷を負っていた。


意識のない人形は、複数の男たちに、好き勝手に梛ぶられていく。





ふいに、風が凪ぐ。


月の周りの雲が、緩やかに流れ。


途切れては寄り添う。


眩い光を背に、二つの人影。


空に浮かぶ吸血族に気付いた男の一人は、今まで弛んでいた頬が一気に固く強張っていく。




「あんたら、そいつを置いてきな。じゃないと、どうなっても知らないぜ?」


少年の冷え冷えとした声が、脊筋を容易く凍らせてしまう。


「ひっ、に…逃げろっ!!」


バタバタと、静かな街道に足音が嫌に響き。


逃げ去っていく無様な様子を、ヒノエは冷めた紅い瞳でじっと見つめる。


「全く、野蛮な野郎だね。華麗な姫君は大切にするもんだろ。」


呆れるしかないと言わんばかりに、紅い口唇からは甘やかな吐息が零れ。


黒い衣を翻し、身動き一つせぬ仰向けのドールの傍に降り立つ。


「…ヒノエ…お前は連れ帰るのか?」


「九郎は、姫君をここに捨て置けるのかい?」


「お、俺には出来んぞ!」


「だろ?」


むっと頬を膨らませて詰った九郎の言葉を、軽やかに返す。


身を屈め、ドールを優しく抱きあげ。


「さぁ、姫が目覚めるまで、愛を語り合おうか。」


館に到着したころには、東の空が、うっすらと明るみ始めていた。












あきゅろす。
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