[携帯モード] [URL送信]

異神話物語
拾った分だけ落とした欠片(女神+若葉)




 コツ、コツ……と石畳を歩く音が石造りの神殿の廊下に響く。
 足音の主人と廊下を所々から漏れだす光が幻想的に照らしだしていた。
 歩くのは整った顔立ちをした男だった。光を受けて透き通る若葉色の髪がさらさらとゆれ、トキ色のコートの衣擦れの音が静かにたてられる。同じ若葉色の瞳は切れ長で、ただ前を見据えていた。

 彼はエディルディ神話の神の一人。

 若葉と風を司る神――マーヴェス。

 先日転生させたアーセレス神話の女神を伴侶とした神の一人でもある。

 このエディルディ神話界には創造神がいない。何故なら、現在主神の地位にいるエディルディが、主神選定の戦いで倒してしまったからだ。
 そのため、いくら神といえど、神を生み出すことができなくなっていた。
 だからこそ創造神が必要とされ、その力をもつアーセレスの女神が転生させられたのである。
 すなわち、伴侶、と言えども目的は神々を増やすことにあるので、その関係は重要ではない。

 しかし、マーヴェスにとって初めての妻だった彼女に、マーヴェスは惹かれた。
 今女神は最初に出会ったあの壁に閉ざされた部屋に幽閉されたままである。彼はそんな彼女のもとに、毎日通って声を掛け続けているのだった。
(今日は……歌でも聞かせようか)
 様々なショックからか、女神は神の子を生んでから自分たちと話そうとはしなかったのである。
 だからマーヴェスは毎日、何か安らぎを与えてあげられるようなことを考えてやってきた。

 しかし――女神が笑うことは、なかった。

 女神のいる離れの神殿まであと少しのところで、輝く太陽のような淡い金色が視界に入る。
「またあの女神のもとに行くのですか、マーヴェス」
 緩やかに波打つ淡い金色の髪と紅の瞳は憂いを帯びている。身にまとう民族衣裳のような服が歩みとともにゆれている。

 音楽と優しさを司る神――メルフェス。

 彼もまた女神の伴侶の一人である。
 その中では一番位が低い神だが、その分慈悲慈愛をもつ優しい神。
 メルフェスもまた女神を気に掛けているが、マーヴェスほどの強い想いではないのは確かだ。
「そうだ。ウルヴァンテたちもいるのだからな」
 穏やかにほほえむマーヴェスに、メルフェスは少し眉を下げてみせた。
「……何故、あなたは本当の意味で彼女を愛してしまったのです。神を生むには髪の毛一本使うだけでよいのに、あなたは……」
 神が生まれるには、その欠けらひとつあればいい。そこから神が誕生し、成長する。
 だがマーヴェスは本当の意味で関係をもってしまったと彼は言う。それはいきすぎたものだ、とメルフェスは思う。
 マーヴェスはつい、とまなじりをつりあげて笑みを作った。
「愛してしまったのだ。ただそれだけだ」
 そう言い残し、マーヴェスはメルフェスを置いて女神のいる離れへとむかった。

「……あの女神には、すでに心に決めた相手が、いるというのに……哀れですね、マーヴェス」



* * *



 周りを石造りの壁に閉ざされた神殿。入り口は見当たらず、ただ高く聳えている白亜の神殿だった。
 マーヴェスが壁に手を触れると、僅かに空間が震え、一部の景色が歪む。
『望むは異界への扉の鍵。我が力に応じよ、閉ざされし世界よ』
 そう唱えると歪んだ空間が、はっきりと違う空間を映し出す。
 マーヴェスはその先の空間に入り込んだ。

 コツン――

 先程よりも薄暗い石造りの部屋。
 その部屋の真ん中に、目的の人物がいた。
 彼女は木製の背もたれのある椅子に座っていた。開けた天井から金色の光が降り注ぎ、彼女の滑らかな銀色の髪を照らしている。僅かに伏せ気味な紫水晶の瞳は、傍に控える小さな姿たちを見つめていた。
 マーヴェスらには見せない慈愛に満ちたその瞳に、マーヴェスは嫉妬とともにさらに胸が焦がれる想いを抱く。
 小さな姿――その白装束のこどもたちこそ、女神と自分たちの間に生まれた神の子たち。

 一人は癖のある濃いめの金色の髪で銀の瞳――女神の伴侶の一人、戦いと剣の神マギラとの子・イルクート。

 二人目は波打つ蜂蜜色の髪で紅い瞳をもつ少女――アイルスリーア。メルフェスとの間に生まれた。

 三人目は、まっすぐに腰まで延びた淡緑銀の髪で銀色の瞳をもつ少年――ウルヴァンテ。彼マーヴェスとの子である。

 マーヴェスが一歩踏み出すと、女神とこどもたちの視線がこちらに向けられる。女神の視線は打って変わって鋭い目付きになる。
「そんな顔をなさいますな、女神」
 マーヴェスがほほ笑みながら話し掛けても、女神はふいとそっぽを向くだけだ。
 傍で女神を囲むこどもたちはそんな彼女を見て困惑の表情になる。いつものことであっても、慣れないようであった。
 仕方ないとばかりに肩をすくめると、マーヴェスはおもむろに手をかざし、呪を唱える。
『フルレット・フルール』
 呪が短く唱えられると、彼の手に小さな一輪の白い花が淡い光を放ちながら出現した。
「エーデルワイス……あなたのその白銀の髪には適いませんが、あなたに添える花としては相応しい」
 そう言うと女神に歩み寄り、俯いたままの彼女の髪に飾る。
 女神を見て満足そうに笑みを深めると、マーヴェスはもときた道を振り返った。
「では、また来ます。今度は、歌でも聞かせましょう」
 そう残してマーヴェスの姿は部屋から消えた。

「哀れね、マーヴェス。私は、あなたに堕ちたりしないわ」

 女神は、髪に飾られた花を取り、部屋にあった一輪挿しに入れる。

 ――花に、罪はない。

 自分とはなんだろう、と女神は思わずにはいられなかった。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!