異神話物語
刹那主義理論(女神+雷)
エディルディ神話界は多神族の世界で、主神エディルディを据えるエディルディ神族の他に3つほど、神族を含めた勢力が存在する。
普段はお互い不干渉だが、それぞれで度を超えた行動を起こせば武器を交えた戦になることもあった。
エディルディ神話界の神々の階級は、第一級から第十級まで分けられている。
第一級神はもちろん、主神エディルディである。
第二級神はそれにつづく位で、神族全体を束ねる強い力と高い指導力をもつ者が就く。マギラ、マーヴェス、イルクートが位にいる。
第三級神は主に記録・部隊などの管理の役目をもつ。メルフェス、ウルヴァンテ、クレスティスが担っている。
第四級神は戦闘部隊や軍師など、軍事を支える立場にある。アイルスリーア、ササロ、ミンシアがそれぞれで受け持っている。
第五級神は、軍の各部隊の長を任されている。フィガノ、セイレス、ネルディが各隊をまとめる。
第六級神以下は、特別な象徴神ではない代わりに、ある程度安定した役目を担いつつ、急用の時には召集され戦士としての役目を果たすことになる。
さらに、彼らに従うのが天使軍である。
エディルディの天使たちは他神話のような細かい階級はなく人数も少なくて、上位4人の天使が筆頭にいるだけのもので、重要な役目を担うということはまずない。
そのために天使たちの地位そのものは低く、天使と神の間には大きな身分の壁が存在していた。それは、人間と神との間よりもより顕著だとも言われていたのだった。存在する社会が近かったからである。
特に、マギラの神をも含めた下位階級の者への扱いはぞんざいで、彼の高圧的な態度に怯えている者は少なくなかった。
中央神殿の離れにある白亜の殿。出入口の見当たらないそこには、一人の女神が住んでいる。女神は特別な立場にあり、位自体は上位神よりも上ではあるが、神族全体の動向には全く干渉をしていなかった。否、干渉する権利をもっていないのだ。
名も知られていない女神は隔離されるような形で白亜の殿に住み、一部の上位神以外とは顔を会わせることすらなかった。
【幽閉の女神】―――他の神や天使たちは、彼女をそう呼んでいた。
歩みはじめた物語
「【幽閉の女神】とは、随分と大層な呼び名じゃねえか」
白亜の殿に訪れた珍客―――黄金色に輝く髪と瞳をもつ白銀の鎧を身に纏った青年―――を見て、アーセレスの女神は眉をひそめた。
「………」
無言のまま自分を気丈に睨み返してくる藤色の瞳に、マギラはくつくつと笑った。
「相変わらず、マーヴェスだけじゃなくメルフェスにすら無言でとおしてるそうだな」
女神は伴侶である三神とは会話をしようとはまったくせず、何を問おうとも視線で返してくるだけであった。それが彼女の誇りからなのか、せめてもの意趣返しなのかは、彼女が語ることがないので真意はわからないが、マギラの場合は後者だろうとマギラ自身は確信していた。彼にとってはあまり面白くないことではあるが。
「何も語らず、か。まあいい。俺が知らせにきたのはガキ共のことだ」
子どものことだと聞いて、女神の肩がぴくりと揺れる。
「イルクートは第二級、アイルスリーアは第四級、ウルヴァンテは第三級の地位にそれぞれ就いた。これからは奴らもそうお前には会えなくなる」
「……!」
マギラから告げられたそれに、女神は静かに息を飲んだ。気丈にあった表情と瞳も、動揺したようにしかめられ、苦虫をかみつぶしたような複雑そうな顔に変わる。
女神は子どもに対してはまた態度が違い、しっかりとした優しい母として、惜しみない愛情をそそぎ子どもたちを育ててきた。
しかし、成長すれば彼らは神族として役目を果たすために、幼いころから学んでいかねばならない。しかも彼らはまだ子どもとはいえかなりの上位神である。訓練すべきことは多々あり、ついにその時期が来たのだということを、女神は彼らの成長が嬉しくもありまた寂しい気持ちがした。
もともと強い力をもつ神を生み出すために転生させられた身だ。彼らが自分から離れていくことは始めからわかっていたはず。
なのに、心がゆれる。離れたくはないという気持ちが押し寄せる。
―――彼らがいなくなれば、自分はまたこの城に孤独にただひとり。
いつの間にか子どもを育て上げることが自分の存在する意味なのだと思っていた。しかし、時は自分から彼らを離していく。それがどうしようもなくむなしい。自分も一介の母であることを改めて認識させられる。
女神が思いを巡らせていると、マギラがつないだ空間の扉の方から誰かが入ってきた気配がした。この白亜の殿は上位神のみが立ち入りを許可された場所であり、しかも外とは隔離されるように出入り口の空間を特別な魔法で封鎖されているため、普通彼らにしか空間を繋ぐことはできない。
誰なのかを疑問に思う間もなく、年若い少女の声が聞こえてきた。
「……マギラ様、マギラ様はいらっしゃいますか?」
白亜の殿は上階部分と一階部分とに分かれていて、女神とマギラがいるのは上階部分。視線を上に上げなければ視認することができないためか、訪れた人物は一階を見渡して視線を彷徨わせていた。マギラを探してこちらに近づいてくるのは、一人の翼をもつ少女だった。
印象的な長いサフランの髪が、二人の存在に気づいてお辞儀をした彼女に合わせて揺れる。彼女はエディルディ神話界の天使であった。
「マギラ様、ジブリールでございます。急用で恐縮ですが、主神がお呼びに…」
「何故貴様がここにいる」
用件を伝えにきた彼女の言葉を冷たい音が遮った。
「え…」
戸惑いを隠せずに顔をあげた彼女の目に入ったのは、侮蔑を露わにした氷のような鋭い光。それを見た瞬間背筋がひやりとし、上級神を、それも身分には厳しいマギラを怒らせてしまったことを悟って、体が恐怖で震える。
「誰の許可があってこの殿に立ち入った。貴様のような者が、簡単に立ち入ってよいところではない。立ち去れ」
いくら主神の命でもそれはあくまで「マギラを呼んでくること」であって、この殿に立ち入りを許可されたわけではない。勝手に立ち入った彼女にマギラが怒りを覚えるのは当然と言えば当然だった。
「は、はっ…! 申し訳ありません! しかし、主神より命を受け」
「余計な口をたたくんじゃねえよ」
「きゃあ!」
謝罪を述べようとする彼女に向って、マギラは容赦なく白雷を放った。白雷は少女の足もとに落ち、その波動で彼女は吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。
「用件がそれだけなら、すぐに目の前から消えろ。それとも、永遠に消え去りたいか」
「ひっ…!」
バチッとその手に魔力を込めるのを見て、少女は恐怖に息をのんで顔をひきつらせた。
「やめなさい。立ち入りなら私が許すわ」
そんなやり取りを見ていた女神は、少女を庇うようにマギラの前に立ちふさがり、マギラを睨みつける。天使を庇うためとはいえ、言葉を発した女神に、マギラは珍しいものでも見たかのようにくつりと笑った。
「口出しは無用だと決められているだろう」
「神話界の動向に口出しする気はないわ。でもこの殿は私の領域(テリトリー)よ。私だって黙ってはいない。不愉快だわ、あなたこそ立ち去りなさい」
確かに女神はこの神話界では動向に手出しも口出しもできないが、アーセレス神話では主神候補であったため、実際的にはマギラより神格は上なのだ。その女神が立ち去れという以上、マギラはここを出ていかなければならない。
「ちっ…」
忌々しそうに舌打ちをすると、身を翻し一階へと降りていく。同時に女神も階段をおり、膝を地につけたままの少女に歩み寄る。戸惑っている彼女に手を差し伸べて、やさしい声音で呼びかけた。
「大丈夫? 立てる?」
「は、はい…申し訳ありません……っ!」
「お待ちなさい」
はっと我に返り、慌てて立ち上がってそのまま下がろうとする彼女に、待ったと声をかける。
「痣ができてしまっているじゃないの。こっちにきなさい。治してあげる」
「しかし…」
【幽閉の女神】と呼ばれてはいるが特別な地位にいる女神。その彼女の手を煩わせることに少女は戸惑いを覚えた。
「……怯えなくていいわ。取って食おうってわけじゃないんだから。ほら、腕を貸しなさい」
もともと神と天使との間には意識的な身分の差があり、それも手伝って少女が怯えるのも無理はなかった。だから少しだけ寂しい感じがしながら、固まっている少女の手をとって癒しの力を開放する。柔らかな白銀の光が少女に降り注ぎ、擦りむいた傷を跡形もなく治癒していく。大半の力を失った女神だが、創造の力を応用することはできていた。
「はい、これでいいわ」
傷がなくなると女神は少女から手を離して微笑みかける。そしてすっとマギラの立ち去った方向を指さした。
「あなたにも役目があるでしょうし、これ以上引き止めては悪いわね。じゃあ、気を付けて」
ひらりと手を振る女神に、天使の少女はおずおずと声をかける。
「あ、あの…」
「なあに?」
「ご無礼を承知で伺いますが…あなたは……」
本当に、【幽閉の女神】と呼ばれる女神であるのだろうかと。この神話界の神々は天使に対してこれほどまで優しく接しはしない。だから本当にこの世界の女神なのかどうか、不思議に思ったのだった。
訊きたいことを悟った女神は苦笑気味に口元を歪ませて、少女が帰るように促す。
「私のことは聴かないでいいの。あなたを巻き込みたくないし…さ、入り口が閉じてしまう前に早くいきなさい」
女神が異神話―――アーセレスから来た女神だということは、主神のほか上位神のなかでもマギラ、マーヴェス、メルフェスしか知らされていない。ここで自分の正体を明かせば、この天使はさらに圧力をかけられてしまうだろう。恐れている、“神”に…
「はい……女神さま、助けていただき、ありがとうございました」
女神が訊かれたくないこととわかって、少女は深々と礼をとると、静かに殿を後にしていった。
少女が去り、一人残された女神は、殿から覗ける遥か彼方の碧空を見上げた。
「………寂しくなるわね」
この閉じられた空間で過ごす日々は、決して不幸ではなかった。
情を寄せるつもりも、寄せさせるつもりもなかったのに―――
「少なくとも、与えられる愛情は満ち足りていたのね…」
異端者なのに、愛してくれる人がいる。
それはとても―――幸せなことではないのだろうか。
▼あとがき
天使の少女は後にも登場しますがジブリールという天使です。アーセレスや他の神話におけるガブリエルですが、ある神話ではミカエルよりも高位とされています。ただエディルディでは天使の地位が低いのであまり目立ちません。ちなみにサフランは薄紫に近い色をしています。
ジブリールはこのときにアーセレスの女神に庇われたことで、彼女に敬愛と忠義を覚えました。
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