[携帯モード] [URL送信]

天使と悪魔の事情
手を繋いで歩こう(主神・女神)

 君は僕の母で、姉で、妹で、妻で、恋人で、愛する人で。
 迷子の僕の手をひいては「しょうがないひとね」と言って綺麗に、綺麗に頬笑む。
 その銀色が光できらきら輝いて、その手はあたたかくて……まるで太陽のようだった。


手を繋いで歩こう


 アーセレス神話の創世期の時代。
 我と女神の二人は、自分たちが創造した神話世界をゆっくりと廻っていた。
 我が広げた大地に、女神の咲かせた色とりどりの花が絨毯になっていて、二人で歩きながらこれは何の花、あれは何の花と名前をつけていく。
 自分たちの他に喋ることができる生き物はいないが、それでも女神さえいれば世界は楽しいのだ。

「あら、あれもまだ名前がないわ。なんてつけようかしらね」
 ふふ、と楽しそうに女神の藤色の瞳が細められる。
 思案している女神を待ちながら、キョロキョロとあたりを見渡した。ふと近くに森が存在しているのが目に入り、遠目にじっと視線をよこす。
「あ、あれもだ!」
 我は森の中、生い茂る草の下で陰った場所に咲く花々を発見し、わくわくと心はずむままそれに向かい駆け出した。
「ちょっとあなた、待ちなさいってば……もう」
 後ろでため息とともに我を止める声が聞こえたけれど、花が見たくて仕方がなくて、草むらをがさがさと書き分けて進んでいく。
「ここにもまだまだたくさんあるのだな」
 陰のなかでも美しく咲くたくましさに知らず頬が緩む。
 さらに名付けながら進んでいると、目に入った一輪の花。
「女神と同じ藤色の花……」
 それは自分が大好きな、女神の瞳と同じ色をした花だった。
 しかし、我はその花を見て嬉しさよりもムッとした感情を覚える。
 しゃがみこんで根を傷つけないよう手で掘り起こしその花を手に持ち、女神のもとに戻ろうと振り返ったところで、我は固まった。
「……どっちへ帰ればいいのだ?」
 見渡した緑、緑、緑。
 自分がどちらから来たかさえ覚えてない(というより自分の好奇心のむくまま進んできたから覚えようとも考えていなかった)ものだから、途方に暮れる。
 方向音痴だという自覚はあるが、これは自分を甘くみていたのかもしれない。
 目印だけでも付けておくべきだったのだろう。
「ううむ……め、女神ー!」
 1人でいることに堪えられず、彼女を叫ぶように呼ぶと、すぐにかざがさと草を鳴らして彼女が姿を現した。
 おろおろとして困っている我をみとめると、呆れたような苦笑をうかべる。
「ほーら見なさい。だから止めたのに」
「すまないのだ女神…」
 しゅんとうなだれると、近づいて我の頭をぽんぽんと彼女は撫でた。
「空を翔べるんだから、今度からそうしなさい」
「嫌なのだ。我は大地のものを近くで見たい。それにこんなとこで我が翔ぼうとすれば植物は大ダメージだ」
 我がそう言ってぷいっと駄々をこねる子どものようにそっぽを向くと、彼女はクスクスと笑い「しょうがないわねえ」と小さく嘆息する。
 そして、この手の上に乗った花を見た。
「その手のは何?」
 不思議そうに藤色の花を見て首を傾げる彼女に、今度は我が笑みかける。
「日の当たる場所に連れていくのだ」
 そう言って、枝葉の合間から見える天で輝く光に向かって花を掲げた。
「そなたと同じ瞳の色をしていて綺麗なのに、こんな陰った場所に咲いておくのはもったいない。女神みたいに光に当たってきらきらしてほしいのだ」
 少し照れながらそう話すと、女神はぱっと頬を染めて髪をかきあげて空を仰ぐ。
「あ…あなた素で恥ずかしいこと言わないでちょうだい……それに、きらきらしてるのはあなたの金色の方――というか、その、無邪気すぎる笑顔ね……」
 やれやれ、と女神がため息をついて微笑んだのに首を傾げると、「なんでもないのよ」と言って二人で歩きだした。
「なら、二人できらきらお揃いなのだ」
「ふふふ、そうね」
 くすくすと笑いながら、女神はふと我の前に立ち、手を差し出す。
「ほら、迷子になりたくはないでしょう? 手を繋いであげるからむやみに歩き回らないこと。いいわね?」
 怪我の巧妙……とはちょっと違う気がするが、我は喜んでその手をぎゅっと握った。

 右手には女神の手、左手には藤色の花。
 きらきら、きらきら、世界が輝いている。

 迷子になるから、なんて手を繋ぐためのお互いの口実。
 ギュッと握り締めた手は太陽よりもぽかぽかする。
 このあたたかさが永久に続けばいい。

 ――そんな、悲劇すら予想だにしなかったころの、思い出。

ああ、そなたはこのときすでにすべてを知ってていたのだろうか。
 我が知っていたら、太陽は銀色に輝いていたのだろうか……

END

▼あとがき
 主神の過去編、というよりは創世時代のお話です。二人の神が穏やかに幸せに、別れがあることすら感じずに過ごしていた頃。
 主神、女神に甘えまくりです。天然タラシはしっかりミカエルに受け継がれてます。
 二人の関係は冒頭で言っていた通り、何通りもの解釈があります。何せ神二人しかいませんから。
 ちなみにですが、地上世界の人間は神の創造物ではありません。あと神話界はだいたいがアンジェロ・カーザばっかりで狭いイメージがあるかもしれませんが、かなり広いです。

Title by 『#INCLUDE』さま

[*←][→#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!