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「う、うそだ……」

 なんてこった。あの何度も諦めかけた作戦がこんなにも滞りなく進むだなんて。

 携帯電話を片手に持ったわたしの前には、普通の思考を持つ男が寝るには不釣り合いといえるフリルレース全開の乙女なベッドで、大きなウサギのぬいぐるみを抱きしめてすやすやと寝息を立てるコート上の詐欺師。携帯の液晶と実際の光景を見比べて、あまりに簡単に事が運び過ぎた事態にわたしは呆気にとられていた。

「は、はは、やったよわたし、あの仁王雅治の弱みを握った!」

 作戦、というのはなんとも単純なもので、奴を家に呼び出して眠くなるようなことをさせてベッドに寝かせ、あらかじめ用意しておいたウサギのぬいぐるみをベッドの横に置いたところを奴と一緒に激写する、というものだった。本当は枕元に置くだけだったウサギを抱きしめて眠り始めた時は、わたしには何か運の神様的なものがついていると思った。

 で、どうするこの写真。売るもよし、脅すもよし、たかるもよし。あの仁王雅治をわたしの手の平の上で転がすことができる。どうしてくれよう。膨らむ妄想に上がる口角が収まらない。隣人でよかった。今まで黙って嫌がらせを受け続けてよかった。

 ある時はとある理由で私がずっと行きたかった限定のケーキバイキングに丸井君とご一緒させていただくことになった時、奴はまんまと私の席を奪いそしてケーキまで奪いやがった。「甘い」って文句垂れるくらいなら食うな。

 ある時は私の初めての彼氏に私に関してあることないことを吹き込み、私を惨めったらしく失恋させてくれた。しかも私の好きになった人の周りでは何がよくないことが起こるらしく、「不幸の女」だのとあだ名を付けられてからかわれた時もあった。これも奴のせいに違いない。確信した私は細々と復讐のチャンスを窺っていたのだ。そんな私にも気づかず、いい気なもんだな仁王雅治よ。

 どうしようかと思考を巡らせているうち、私がいつの間にか仁王の顔をガン見していたことに気づいた。……コイツ、本当に顔だけは恵まれて生まれてきたのね。分けて欲しいわ、その肌の潤いとか睫毛の長さとか。じーっと見つめるうちにちょっとした欲が出てきてしまった。……すこーし触ってみても怒られはしないよね…? そっと頬を指で押してみた。

「もっ、戻ってくる…! 何この弾力!」

 未知の感触に感動していたら、突如布団の中からニュッと伸びてきた腕にガシッと腕を掴まれた。「ギャ?!」と乙女らしからぬ声が出て、半ばパニックに陥りながら気づいた時にはベッドに仰向けになっていた。

「いい写真は撮れたかのう?」

 けろっとした顔で告げるこやつは間違いなく先程まで眠りこけていたあやつに違いなかった。

「…! ていうかアンタいつから起きて…」
「最初から寝とったなんて誰も言っとらんけどのう」
「じ、じゃあ今までのは全部わざと、」
「俺の人格が二重でないならわざと以外の何ものでもないんじゃろうね」

 張っ倒したくなりました。しかし私の腕は拘束されていて殴り飛ばしてやろうにもその腕がない。足をじたばたさせる他になす術もなかった。

「のう…一応聞いておくがその写真、どうするつもりじゃ?」
「…。」
「言えんならこの間数学の時間に鼻ちょーちん膨らませて寝てた写真テニス部の連中に送り付ける」
「えっ嘘だ、確かに寝てたけど鼻ちょーちんまで出した覚えは、」
「イビキかく奴は全員同じこと言うのう」
「………」
「言えんの?」
「…ちょっと、仁王クンの寝顔があまりにも綺麗で、とっておかなければならないと思って…」
「ほーう。じゃあ弱みってのは何じゃ? 偶然聞こえてしまっての」
「聞き違いではないでしょうか」
「送ろうかな」
「うっ、嘘です嘘ですジョークですよ! ちょっと写真を使っていろいろしちゃおうかなと」
「ほう」

 すると私の上にいる仁王がおもむろにポケットから何かを取り出した。顎を使って開いて見せたそれは携帯電話。「俺も『いろいろ』させてもらおうかの」嫌な予感に背中がゾッと寒くなった。

「さっ、人にはとても見せられんような醜態、この携帯にバッチリ収めてやるぜよ」


 翌日、仁王雅治の一歩後ろですごすごと登校する一人の女生徒の姿が目撃されたのは言うまでもない。


売るか脅すか、迷っちゃう
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