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先憂後楽ブルース
008


ところがその瞬間、あれだけ苦労しても閉ざされたままだった扉が勢い良く開いた。驚きのあまり硬直するリーヤ達の目の前に、怒りで歪んだ表情のダヴィットの顔が飛び込んできた。

「リーヤ!」

「ダ、ダヴィット!」

ずかずかと寄ってきたダヴィットは抱き合うリーヤとフィースを素早く引き離し、後ろを振り向いて叫んだ。

「ジロー! 水だ!」

「はい、殿下!」

走ってきたジローが水の入ったバケツをダヴィットに手渡す。そしてあろうことかダヴィットはその水をリーヤの頭上から思い切りぶちまけた。

「うわ! つべた!」

「目が覚めたかリーヤ! まだセーフだな!? 頼むからそうだと言ってくれ!」

「助けに、きて…くれたのか…? って、俺いま何を…」

「リーヤ!」

頭から冷水を浴びせられだんだんと意識がはっきりしてくる。だがダヴィットにぎゅうぎゅうと抱きしめられ、考える間もなく苦しさにあえいだ。

「ダヴィット、どうして俺らがここにいるって…」

「ハリエットがおしえてくれたんだ」

「ハリエットがぁ?」

思わず頭を傾げずにはいられない。ハリエットはリーヤ達を閉じ込めた張本人のはずだ。

「とにかく、ここを早く出るぞ。立てるかリーヤ」

ダヴィットにずるずると引きずられ冷房のきいた空間に出た瞬間、いいようのない解放感に包まれる。そこには、この世の終わりとでも言わんばかりの絶望的な表情をしたハリエットが、氷袋を持って立っていた。

「お前っ…、なんで置き去りにしたんだよ!」

「ご、ごめんなさいカキノーチ! 私馬鹿だったの…、こんなことするんじゃなかった!」

「え、ちょ…」

涙目になりながらリーヤの首に持っていた氷袋を当てるハリエット。そのしおらしい態度にはかなり驚いたが、おそらくこれは素だ。人前だというのに、いつものようにリーヤ様などと呼んでいない上に、敬語も使っていない。

「俺平気だよ、ハリエット。ちょっと喉が渇いてるだけ」

「はい、これ水!」

「…ありがと」

ハリエットは用意していたらしいペットボトルをずずいと差し出す。ぐびぐびと水を飲みだすリーヤの後ろから、冷却コートを羽織ったフィースが顔を出した。

「グッド・ジュニア! あなたにもこれを」

罪悪感から顔もあわせられないハリエットが慌てて水を差し出す。フィースはそれをいつもの屈託のない笑顔で受け取った。

「あんたはフラムさんだな? 遠目でしか見たことないから。俺のことはフィースって呼んでくれ。水、ありがと」

この事件の発端の人間だと知っているはずなのに、フィースはけして責めようとしない。その態度に困惑しつつ、ハリエットは必死に頭を下げた。

「本当に、本当にすみませんでした。謝っても許されないことですけど、グッド・ジュニアを巻き込んでしまって――」

「フィース」

「えっ? あ、ああごめんなさい……フィース?」

「そう、いい感じ」

相手の警戒を解いていくような笑顔を浮かべ、フィースはハリエットを見つめる。無自覚とはいえ、こんなときにまで人をたぶらかすのかと呆れたリーヤだったが、フィースに視線を送った瞬間先ほどのことを思い出し、首まで真っ赤にしてしまった。けれど恥ずかしいのはフィースも同じだったようで、彼は親にこっぴどく叱られた子供のような顔をしている。気まずい空気にいたたまれなくなったリーヤとフィースが、同時に口を開いた。

「「ごめん!」」

お互いが口にした謝罪の言葉に、リーヤもフィースも目を瞬かせた。あのような極限の状態で迫った事を恥じ謝ったフィースに対し、リーヤはそれを安易に受け入れてしまったことに頭を下げたのだ。

「あ、あのなリーヤ。さっきのことだけど…」

「いっ…いや俺の方こそ、軽率な事を…」

顔を真っ赤にした2人は競うように謝り続ける。半分は照れ隠しだったが、すぐにフィースはリーヤの肩をつかみ真剣な表情でこう言った。

「…責任とるってのは本気だった。その場しのぎに言ったわけじゃない」

「…フィース、それは」

誠実とも思えるフィースの態度に、リーヤは一瞬彼が誰よりも自分を愛してくれているのではないかと錯覚しそうになった。だが忘れてはいけない。フィースには他にも恋人が100人以上いるタラシ男なのだ。きっとすべて本気のつもりなのだろうが、現実に出来るのかといえばそれは不可能だ。

「で、でもさ、ハリエットは何で俺達を閉じ込めたりしたの?」

リーヤはフィースのフェロモンから逃れるため彼から視線をそらせ、ずっと気になっていたことをハリエットに尋ねた。

「実は、少し込み入った事情が…」

「事情?」

2人の男を暑苦しく部屋に閉じ込めねばならない事情とやらを、脇に氷袋をはさみながら考えていると、ダヴィットが注目を集めるための咳払いをした。

「それに関しては私が話そう。といっても、私もまだ何もわかってはいないがな」

その妙に意味深な発言にリーヤがきょとんとしていると、ダヴィットの後ろから妹のエレンがふてくされた様子で顔を出した。


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あきゅろす。
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