先憂後楽ブルース
007
「ハーイ!! クロエ! 元気ー? って元気ならメグなんか呼ばないかぁ〜」
颯爽と現れたその女性は、開口一番にテンションの高い挨拶を繰り出し、リーヤを唖然とさせてしまった。その原因は彼女のぶっ飛んだ挨拶ではない。驚くべきはその容姿だ。
彼女の顔はいわゆるガングロ、というもので日焼けサロンご用達の真っ黒い肌に厚い化粧を施し、目元を白く塗りたくった印象深いものだった。派手なファッションとカツラのような大量の茶色い髪。ここまでけばけばしい女性をリーヤは見たことがなかった。
「連れてきたわよ……ってなんだ、クロエぴんぴんしてんじゃない」
遅れて部屋に入ってきたイルがクロエをの様子を見て言った。どうやらイルがこの女子を連れてきたらしい。女子と呼ぶにふさわしい年齢かどうかは、分厚すぎる化粧のせいで判断出来ないが。
「おかえり、カマ」
「ただいまジーン。…あっ! リーヤが来てるんなら言ってよ!」
イルがこちらを見て反応したのでリーヤが挨拶しようと手を上げた瞬間、部屋に絶叫が響き渡った。
「きゃーっ!! フィースじゃなーい!」
一体なんなんだと振り向けば、先程の女性が持っていた大きなカバンを投げ捨てフィースに飛びついているところだった。フィースもそれにまったく動揺せず嬉しそうに抱きしめている。
「…なあジーン、あの子だれ?」
「彼女はメグ・薺(ナズナ)。医者だよ」
「ええっ! 医者!? じゃあ彼女が…」
前回ここに来た時、会うことが出来なかった疲れる女医、薺さん。一度会ってみたいとは思っていたが…なるほど、これは確かに疲れそうだ。
相変わらずフィースといちゃつく薺の姿は、どう見てもただのギャルだった。しかも何故かフィースの反対側の腕にはいつの間にかイルがくっついている。女と女? の戦いだ。
「あのー…、フィース? その薺さんとは一体どういう関係で…?」
「関係?」
恐々と訊ねるリーヤにフィースと薺は互いを指差してこう言った。
「「恋人」」
「ああ…、やっぱり…」
まさかイルも…と視線を向けると彼女は首を振って否定した。
「あたしは違うわよ! フィースは目の保養、観賞用!」
「…さいですか」
気の抜けた声を出しながらもリーヤはきちんと割り切ってるイルを見て感心した。よく見るだけで我慢出来るものだ。いや、イルも薺と同じく腕を組んだりなど完全に手を出していたのだが。
「てゆーかクロエが風邪とか、まじウケるんですけど〜」
「うっせえよこの厚化粧。誰がコイツ家に呼んだんだ! 俺は許可してねえぞ」
薺を心底嫌悪しているクロエは彼女を全力で拒否しようとするが、それをジーンは困った顔でたしなめた。
「許可も何もクロエの家じゃないし。それにお前が病院に行かないからわざわざ来てもらったんじゃないか。おとなしく診察してもらいなさい」
「嫌だ! もう熱は下がった! 俺は元気だ」
「…ったくもう、そういうとこ本当にエクトルにそっくりなんだから」
「あんな奴と一緒にすんなっ」
ジーンが腰に手を当ててクロエを叱るがこれといって効果はない。そんな2人を気にする風でもなく薺は髪をいじりながらフィースにすり寄っていた。
「あーあ、フィースが来てるって知ってたら、メグもっと気合い入れて盛ってきたのにな〜〜」
「あら、それ以上どこをどういじるのよ。だいたい化粧に時間かかりすぎ。何分待ったと思ってんの」
「ちょっと〜カマリーだってたいがい厚化粧でしょ〜?」
バチバチと火花を散らす2人にはさまれたフィースは空気も読めずにのん気な顔。そればかりか彼は、ポケットから取り出した手鏡で自分の顔を気にする薺の手を優しく握った。
「気にするなよメグ。きちんと化粧したお前は綺麗だけど、ノーメイクのお前も好きだぜ」
「フィース…!」
感極まった薺はぎゅっとフィースの肩に顔をうずめる。それを聞いたイルも負けじとそのたくましい腕にひっついた。
「フィースかっこいい! すてきッ」
「……けっ」
イルの態度が気に入らないクロエは、いっそう不機嫌な表情になって悪態をついた。
「なーにがフィースかっこいい〜だよ。ばっかじゃねえの。いちいち歯の浮くようなセリフ言いやがって、キモいんだよ。なあ? リーヤ」
「か、かっこいい…」
「!!」
同じ男として同意見を求めたつもりが、リーヤはすでにフィースの毒牙にかかっていた。うっとりとした表情のリーヤの瞳にはフィースしか映っていない。クロエはリーヤの首をひっつかみ激しく揺さぶった。
「おいリーヤ目ぇ覚ませ! あんなんただの熊じゃねえか! かっこいいって表現ぜってぇおかしいって!」
「わ〜フィースかっこいい〜」
「兄貴も悪ノリすんな!」
「ははは」
軽やかに笑うジーンを横目に、クロエの揺さぶりにより正気を取り戻したリーヤは慌ててフィースから目をそらし、馬鹿馬鹿っ! と心の中で自分を叱咤する。フィースにはほだされないと誓ったはずなのに、あの妙に色気ある声と表情にすぐまいってしまった。
「でも、どうしてクロエにはフィースのフェロモンがきかないんだろう。僕なんかもうめろめろなのに」
「めろめろなんだ…」
真剣な表情で考え込むジーンにリーヤはたじたじだった。自分はいつまでたっても色男に対する免疫はつきそうにない。軽く受け流しているジーン達を褒め称えたいぐらいだ。
「ところで薺、そろそろウチの弟を診てやってくれないかな。どこかに逃げてしまわないうちに」
ジーンの一声で薺は我に返ったようにフィースから手を放し、自分が投げ捨てたバッグを拾った。
「そうだったそうだった。ごめんねジーン。今からちゃっちゃとやっちゃうから」
「ありがとう薺。はいみんなちょっと外出てー」
「な、何でだよ! 人払いする意味がわかんねえ! 俺はこんな女の診断なんか信用しないからな!」
御託を並べるクロエを無視してジーンは笑顔でリーヤ達を外へと促す。そうしてにっこりと笑って自分は部屋に入ったまま、リーヤらの鼻先でバタンとドアを閉めた。
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