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先憂後楽ブルース
005



一方玄関先では、僕に任せてとやる気満々で騒がしい外へと向かったジーンが、非常に困った立場に追い込まれていた。

「おいジーン! さっさと道あけろ!」

「俺らはクロエに用があるんだよ! あのクソ野郎一発殴らないと気が済まねえ」

「邪魔するようなら例えジーンでも容赦しねえぞ!」

「………」

結果的に、ジーンの家に押しかけていたのはタワーからの追っ手ではなかった。玄関先のけして広いとはいえない通路には、うじゃうじゃと恐い顔をした男ばかりがひしめき合っている。いつも公正レジスタンス時には敵となる連中だ。見知った顔もちらほらあった。

「…いったい僕の家に、どういうご用件で?」

「だからクロエをボコりに来たっつってんだろーが。どけよそこ」

「家荒らされたくなかったら引きずって連れてきな!」

黒山の人だかりがギャーギャーと口々に罵声を浴びせてくる。近所迷惑だ。改めて敵の多い弟を締め出したくなった。

「で、どうして知ってるの」

「あ? 何が?」

「クロエが病気だってこと」

いくら弟が生意気で無鉄砲で喧嘩っ早くて、そこらじゅうに敵を作っているような悪漢だとしても、ここまで沢山の柄の悪い不良達がいっせいに押しかけてきたことはない。つまり考えられる理由は、クロエの不調がなぜかレジの連中に伝わっているということだ。

「みんなよってたかって、クロエが寝込んでる時に復讐するなんて恥ずかしいと思わないの? しかもこんなに大勢で」

「なっ…別に示し合わせた訳じゃねえよ!」

「そうだ! 俺と周りは関係ねえ!」

どうやら彼らは徒党を組んでいる訳ではなく、個々でやってきたらしい。確かに普通に考えればそうだ。レジスタンスに入れ込んでいる血気盛んな男達は、仲の良い者同士は仲が良いが、そうでない者達はとことん悪い。いくらクロエに対する憎しみという団結条件があっても、そうやすやすと組みしたりはしないだろう。

「だいたいクロエの体調のこと、どこで知ったんだよ」

「………」

「えー……あ! さぁダニエル、白状しようか」

「ジ、ジーン…」

皆いっせいに黙り込んでしまったので、近場にいた友人をピンポイントで問い詰めた。常識でいえば友達の弟を殴りにくるなど友人失格のレッテルを貼られてもおかしくはないが、自分の弟にかぎってはそうでもないとジーンは思っていた。

「レジの掲示板に書き込みがあったんだよ。クロエが今病気でふらふらだって」

「掲示板?」

いったい誰がそんな悪質な書き込みを、などと模索する前にジーンには犯人がわかってしまった。

「……エクトルめ」

誰にも聞かれないように小さく舌打ちするジーン。犯人は末の弟以外にありえない。後でお仕置き決定だ。

エクトルを懲らしめる方法を思案する前に、ひとまずこの騒ぎをなんとかしよう。そう思い決めたジーンの目の前に突然、人垣が出来た。なんだなんだと遠方に視線を巡らせたジーンは、そこに大好きな友人の姿を見た。

「よお、相棒」

「フィース!」

先ほどまでこの家を取り囲み威嚇していた男達は、いきなりの大物登場にすっかり萎縮していた。颯爽と現れた熊のような強面の大男を見て恐れおののく者もいれば、恍惚として見とれる者もいる。フィースは、彼と知り合いか否かで180度印象が変わる男だった。

「3日ぶりだねフィース」

「おう、プレゼントありがとな」

細身とはいえ身長186センチもあるジーンを軽々と抱き上げるフィース。学校でも毎朝会うたびオーバーに抱きしめられていたが、ジーンはそれが嫌ではなかった。むしろ楽しみにしていたぐらいだ。

「いったい何なんだ、この騒ぎは。パーティーでもするのか?」

「いやぁ…」

フィースは大勢の男達を見回しながら、そこに友人を見つけてはにこやかに手を振る。なんとものん気な男だ。

「実はクロエが熱を出していてね」

「見舞いか!」

「……うん、まぁそんなとこ」

本当のことを言ったところで、また話がややこしくなるだけだ。ジーンはさらっと話題を変えた。

「フィースはいったいどうしてここに?」

「ああ、そうだった。実はお前に報告したいことがあってな。ほら、前は忙しくてバタバタしてたし」

「報告したいこと?」

ジーンはきょとんとしながらも、やけにふっきれた表情のフィースを見上げた。

「俺、やっと特例委員会でやりたいことが出来たんだよ」

「へぇ! 良かったじゃない」

それはレジスタンスを始めてからの、フィースの悩みだったのだ。特例委員に入ったところで目的がないならば、レジをする意味など皆無ではないのだろうか。父親が敷いたレールをただ辿っているだけではないのか。フィースは前々からジーンに相談していた。

「で、やりたいことって?」

「ああジーン、俺、特例委員会に入ったら、この国を一夫多妻制にしてみせる!」

「───は?」

すぐにはフィースの言葉の意味が飲み込めなかった。ただ長らくの親友が、とんでもないことを言い出したことだけは確かだった。

「フィース、一夫多妻制って意味わかってる?」

「当然っ」

「………」

これは、困った。特例委員会加入は確実とまで言われた友人の最大の欠点である浮気性。それを解決させるために国の制度を変えてしまおうなんて。完全にフィースの私利私欲だ。いや、それはフィースだけに限ったことではないのだが。

「…ったく、一夫多妻制なんて一体誰に吹き込まれたの? 僕におしえてフィース」

「リーヤだよ。ほら、あのアウトサイダーの」

「リーヤぁ?」

思わぬ事実にジーンはつい素っ頓狂な声を出してしまった。あの良識的なリーヤがそんなことを言うなんて。というより、2人はいつの間に知り合ったのだろうか。

「リーヤは確かジーンの友達なんだよな」

「う、うん。今も家にいるよ」

ジーンは、この希望に溢れながらもなりふり構わず突っ走っている友人を、いかに傷つけず引き留めるか悩んだ。フィースは人に対して優しすぎる反面、自分に自信が持てず自虐的な部分がある。そんな彼がやっと目標(かなり不純な動機だが)を見つけ、それに向かって努力してるというのに、それを一瞬で潰すというのも酷だ。けれどこの比較的豊かな国日本で、一夫多妻制など不可能に近いのも事実。早めに現実を教えてやるのが優しさなのかもしれない。

「で、だ! 俺がその夢を叶えた暁には、ジーンを2番の嫁にしようかと思って」

「え"!? ちょ、ちょっと待って、何でそれに僕が入ってるの」

「………だめ?」

「駄目とか、そういう事じゃなくて」

ジーンは直感的に察した。ここからは慎重に言葉を選ばないと、この感受性豊かな友達を傷つけてしまう、と。

「あのね、フィース。僕は嫁だとか、そんな立場はいらないよ」

「………」

途端にしゅんとなるフィースの手を、ジーンは丁寧にぎゅっと握りしめた。

「だって僕はもう、フィースの大親友っていうすごく特別な関係をもらってるんだ。これ以上独り占めしたら、他のフィースと親しくなりたい人達が可哀想じゃない」

「ジ、ジーン…!」

不安で曇っていた表情に明るさが戻る。感極まったフィースは大好きな親友を再びぎゅっと抱きしめた。
フィースはなにも、ジーンのことを恋人として見ている訳ではない。ただずっと一緒にいて欲しくて嫁などと言ってしまったのだ。ジーンにはそれがわかっていた。だからこその言葉だ。ジーンも彼に負けないくらい、彼のことが好きだった。

「でもフィース、どうして2番なの?」

これはもちろん不満などではなく、純粋な興味だ。

「1番の席はすでに埋まってるからな。リーヤの奴、俺が1番じゃないと嫌だ〜って怒っちゃってさぁ」

「………へぇ」

ジーンの中にあるリーヤ像がガラガラと音を立てて崩れていく。いったいフィースとリーヤの間に何があったのだろうか。知りたいようで知りたくない。

「俺ちょっくらリーヤに会ってくる! 中にいるんだよな?」

「あ、ちょっとフィース!」

ジーンが引き止める前に、お邪魔しまーすと家に上がり込むフィース。自分の弟が彼をライバル視していることを知っていたジーンはなんとか彼の足を止めようとするが、他のレジスタンスの男達が自分も入れろと騒ぎ始めたため、それを食い止めるだけで精一杯だった。


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