[携帯モード] [URL送信]

先憂後楽ブルース
アウトサイダー、座談


「どういうこと?」

どんよりと沈み込むハリエットに俺は遠慮がちに尋ねた。彼女の気力をなくした虚ろな目が俺をとらえる。

「今この瞬間、私の案は完全に否決されたのよ。終わったの、私の努力すべてが」

「………よく意味がわかんないんだけど」

戸惑う俺を見てハリエットはキリッとした目つきになり、背筋を伸ばして腕を組んだ。

「カキノーチ、あなた自分の──アウトサイダーの立場をわかっていないのね」

「立場?」

「そうよ。アウトサイダーが幸運の前触れだって言われているのは、ご存知?」

それなら確か前に聞いたような気がする。俺は肯定の意を込めて頷いた。

「本当はね、そんな生易しいものじゃないの。アウトサイダーがいれば絶対幸せになれるって信じてる人も多いわ。宗教じみてるでしょう。馬鹿よね、幸せに“絶対”なんてないのに」

俺は邪魔にならないように大人しくハリエットの言葉に耳を傾けていた。彼女は話を続ける。

「国がアウトサイダーを捕まえておくのは国家を安定させたいからよ。彼らがいた方が国民の不安を取り除くことも出来るし。この意味、わかる?」

ハリエットに尋ねられて俺は首を横に振った。彼女の捕まえておく、という表現には違和感を感じる。俺は捕まえられてはいない…はずだ。

「つまり、アウトサイダーが政治に口を出せばそこですべてが決まるってこと。アウトサイダー崇高説を信じてるお偉方は多いわ。…私はそんなの、迷信だと思ってるけど」

しんみりとした表情のハリエットが俺から目をそらす。俺は彼女の話を頭の中で整理した。

「ってことは、今の俺の一言でレジスタンス廃止の話はなくなった…?」

「そう言ってるじゃない」

「マジかよ!」

なんだか一気にこの国の将来が心配になった。だが俺が一言口添えしただけでそれが是認されるということは、ダヴィットが俺に直接ハリエットを止めるようにと言ったのは、至極純粋なアドバイスだったというわけだ。

「あなたが反対してるなんて知ったら、グッドさんは大喜びで皆に吹聴するでしょうね。そうすれば私の案なんて初めからなかったことにされる、絶対に」

「……それは、ごめんなさい。俺のせいで」

自分にそこまでの影響力があるとは思わなかった。そんなこと誰も教えてくれなかったし。

「いいの、いいのよ。どうせ私の案なんて潰されるのも時間の問題だったんだから。その期が早まっただけ。逆に諦めがついたわ」

俺のことを恨みもせず、ハリエットは優しく笑ってくれる。なんていい人なんだろう。でも散々悩んだレジスタンス廃止事件が、こんな早く解決するなんてびっくりだ。

「でも俺、そんな特別な力なんてないよ。ただの異世界からきた普通の人間だし」

異世界からきたって時点で普通ではないが、特にこれといった能力が俺にないのは自分が1番よくわかっている。誰かを幸せにする力なんてないだろう。

「ええ、その通りよカキノーチ。アウトサイダーだって所詮はただのヒト。過去には本当に世界を救ったアウトサイダーもいるけど、殆どがそれほど大それたことはしてないわ。でも、そうね…彼らの大半は王族と親密な関係を持っているから、国政には結構口を出していたみたい。それが偶々上手くいってたから、こんな都市伝説みたいな形で広まったのかも」

サラダを頬張りながらハリエットは饒舌に話してくれた。マナーがなっていないと言われればそれまでだが、彼女の肩肘張らない態度は俺を気楽にさせる。

「ああ、偶々はちょっと言い過ぎね。アウトサイダーとしてこの世界に来る人には同一した特徴があるの。それは皆一様に、“博識ある優しい人間”だということ。アウトサイダーが犯罪者になった例はないし、分野は違えどいずれも国家の進歩に貢献してるわ」

「へぇ…」

でもその特徴に自分は当てはまっていない気がする。だって俺は頭だってよくないし、そこまで優しい人間でもない。まあ犯罪者になるつもりはないけど。それとも、その程度の優しさでいいのだろうか。

「まあ、普通に生きてて1つもいい事しない人間の方が珍しいんだけどね」

「…っていうかさ、ハリエットって何でそんなに詳しいの」

彼女は俺の知らない情報を色々教えてくれた。おっとり系からおしゃべり系にキャラは変わってしまったが、どちらも魅力的だ。

「カキノーチが来たって知った時にね、アウトサイダーに関する論文を書いて院に寄稿したの。その時色々調べたから」

「え…院って大学院? ハリエットって大学行ってんのか?」

「違うわよ。高校生は義務教育で飛び級出来ないもの」

ハリエットは常識でしょうと言わんばかりの口調だったが、もちろん俺はこの世界が義務教育を高校までとしている事を知らなかった。飛び級が出来ない事もだ。

「ハリエットは頭いいんだな、うらやましいよ。俺なんてアウトサイダーなのに全然」

「え"、あなた頭悪いの!?」

俺が何の気なしに言ったことはハリエットにとってかなりショックだったらしい。彼女の目は飛び出しそうなぐらい大きく広がっている。

「悪くもないけど…よくもないよ。普通かなぁ」

「普通!?」

ハリエットは食べていたチキンをボトッと落とした。最初のほんわかした雰囲気はすでに影も形もない。

「そんな…そんなことないわよカキノーチ! 陛下があなたはとても理解力があるって誉めていらしたもの。ね? ね?」

俺に、というより自分に言い聞かせているみたいだった。陛下がそんな事を言ってくれてたなんて嬉しいけど、買い被りだ。

「残念だけど俺は今までのアウトサイダーとは違うよ。他の人達みたいに国の政治を助けたり出来ないと思…」

そこまで言ってから俺はちょっと引っかかった。先ほどのハリエットの発言にだ。

「ハリエットさ、さっきアウトサイダーは王族と親密な関係を持ってるって言ってたよな。あれ、どういう意味?」

摂政みたいな存在なのかな、と首をひねる俺に彼女はエスプレッソを飲みながら間延びした顔つきになった。

「意味なんて、1つしかないでしょう。アウトサイダーの殆どが王族と結婚しているってことよ」

「な、何で!?」

俺にとっては、すべてがちんぷんかんぷんだ。これでは理解力があるとは到底言えない。

「もちろん本人達の意志を無視して無理矢理。アウトサイダーがいるとその国の社会的地位はぐんと上がるんだけど、それには彼らの行動を制限する必要があるでしょう? DBやEUに勝手に移住されたら困るし。それの手っ取り早い解決法が姻戚関係を結ぶことなの。卑怯な常套手段よね。昔はアウトサイダーの人権無視だったから」

「………」

待て、待てよ。今のマシンガン解説ですべてを理解するのは難しい。でもでも、不本意にも王族と結婚させられるアウトサイダーって、

…今の俺じゃん。


「もしかしてダヴィットが初対面で俺のこと好きとか言ったのは、俺がアウトサイダーだからなんじゃ──」

「…カキノーチ、それ本気で言ってるの?」

「いや、全然」

あれが演技なら素晴らしいと誉めてやりたい所だ。あのウザいくらいの愛情表現、束縛の激しい態度、どれをとっても有り得ない。

「そうよね! なんたって今1番ホットな2人だもの、たとえディーブルーのクソったれでも殿下とカキノーチの仲は引き裂けないわ!」

「…ディーブルーのクソったれ、って」

そのセリフ、何だか聞き覚えがあるぞ。

「確かそれ、昔日本に戦争しかけてきた国の名前じゃ…」

「その通りよ。ちなみに昔じゃなくて2年前、しかけたのは日本の方だけどね」

「えぇえ!?」

そんなの全然聞いてないぞ。2年前だったってことはともかくとして、まさか日本が戦争をふっかけただなんて。

「仕方なかったのよ。地球規模の水不足でDBから水の輸入を止められて。戦わなきゃ日本人が絶滅してたわ。あの国ときたら、非道で血も涙もないんだから」

熱く語るハリエットの目には憎しみに近い光が宿っていた。確か前にディーブルーの話が出た時も似たような雰囲気になった気がする。

「…で、何でそのディーブルーが俺とダヴィットの中を引き裂くんだよ」

カップに残っていたエスプレッソをすべて飲み干すと、ハリエットはすぐにその鋭い光を引っ込めた。

「あくまで未確認の情報だけれど、DBからダヴィット殿下に縁談の話がきているそうよ」

「…!」

「あら、そんな顔しないでカキノーチ。大丈夫、愛というものはね、時に国交よりも優先されるべき強い絆なの。それにあなたは国1番の権力を持つアウトサイダーなんだから平気。そうでしょう?」

唖然とする俺を見てハリエットは声を和らげる。彼女の表情は初めて見た時と同じ、笑顔に溢れていた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!